研究紹介: 無菌魚肉はこうして作られた!

2008年7月24日 掲載


今日は、最近マスコミにも頻繁に取り上げられている「無菌魚肉」について、芝教授にインタヴューしました。

-------そもそも無菌魚肉の研究を始められたのはどうしてですか?
無菌魚肉の研究は、「スペースシャトルでフグ刺しを食べられるようにしてくれ」と言う下関市長の依頼が発端です。平成15年でしたか、世界の宇宙飛行士を招待して下関の中学生を相手に講演会を開いたことがありました。そのときに先の依頼が壇上であったのですが、壇上にあった食品科学科の教員が気の弱い人で、『そんな馬鹿な』の一言が言えず、額に汗をうかべながらうなずいてしまったのが原因です。すごすごと帰って来てからの報告を受けて、『途方も無いことを!』とも思ったのですが、なにせ対応した教員が安受けしてしまい、引くにひけない状態になったのがきっかけです。

-------それで直ぐに研究を始められたのですね?
いえ、直ぐと言う訳ではありません。なにせ途方にくれることが多いので、しばらく手付かずでした。しかしながら、あるとき地元の有力者がマスコミ関係者のいる前で、スペースシャトルのことを華々しく打ち上げたものですから、やらざる得なくなりました。マスコミも取材に来られたのですが、「暫く待ってくれ」の一点張りで窮地を逃れる羽目に。

-------研究は順調でしたか?
当初は常識的に凍結乾燥を試みたのですが、水戻しができません。また〆フクと称して、酢〆も試しましたが、肉がバラバラになってしまいました。一応、中間報告会として、地元関係者に研究内容をお見せしたのですが、みんな呆れ果てた顔で、大変恥ずかしい思いをしました。そこで万策尽きた果てに、あても無く前田俊道准教授にふぐ刺し業者の工場を見学してもらったところ、なんとヒントがあったではありませんか。フグは内臓もろとも外皮を剥ぐことが可能だったのです。ちなみに〆フグは市内の高級料理店のメニューにあり、試食と称してわざわざそれを取り寄せて食べましたが、大変美味しいものでした。

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------ヒントはどうして有効だったのですか?
 生きている魚の魚肉は無菌です。魚肉が腐るのは、魚を捌く時に、外皮や内臓、さらには鰓からの細菌が汚染するからです。この汚染を防げば、無菌魚肉が作れることになります。私どもは恥ずかしながら、内臓を破らずに魚肉を取り出すことができるのを知らなかったのです。水産加工現場と大学の研究室の間で密接な交流があれば、とうの昔に開発が進められたはずです。一昨年の秋に始めた研究では、汚染させずに魚肉を取り出す方法、取り出した魚肉を無菌的に包装する方法、そして刺身としての商品価値を損なわずに表面滅菌する方法の開発が行われ。昨年の3月に特許出願しました。

 ------先生の魚肉の研究歴に照らした今回の発明をどう総括されていますか?
 実は魚肉研究は私の専門ではありません。私の専門は微生物学です。東大に居たときには光合成細菌の研究を行い、『好気性光合成細菌』と言う新しいカテゴリーを打ち立てました。それまでは、光合成細菌は酸素の無い環境にしかいないとされていましたので、「酸素のあるところでしか光合成しない」と言うのは大変な驚きだったようです。水産大学校には14年前に赴任しましたが、赴任後は食中毒細菌の研究に専念しました。魚肉との関わりができたのは、シンガポールでの集中講義で、魚肉の安全に加えて鮮度の問題を講義せざる得ない羽目になったのがきっかけです。

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水産大学校の風景(図書館と共同研究棟)

---------無菌魚肉とはどんな魚肉ですか?
 出来上がった無菌魚肉は、冷蔵庫で2ヶ月以上保存しても刺身として美味しく食べることができます。試してみて頂いた人の反応が、いつも『う!美味い』と言うのが印象的です。さる4月28日に下関市内で行った試食会では、38日冷蔵のフグ刺しが一番の評判で、あっと言う間に大皿が空になってしまいました。
 フグ刺しが冷蔵で美味しくなるのは、タンパク質が魚肉自身の酵素により分解されて、グルタミン酸やリジンなどの遊離アミノ酸が増えるからです。肉にはもともと味はありません。肉が美味しいのは、呈味成分のイノシン酸や遊離アミノ酸が増えるからです。牛肉は2週間も冷蔵して熟成させると言うことを聞いたことがあります。魚も長期冷蔵すれば美味しくなるはずだったのですが、何せ腐りやすいので不可能だったのです。

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25度で3日間熟成させた無菌フグから作った刺身

--------無菌魚肉についての関係者の評価はどうですか?
 今ひとつと言う感じです。ひとつには特許との関係で、詳細を明かしていないものですから、とんでも無い憶測があるようです。例えば、薬品を使っているのではないかとか。
 皆さんに賞味していただいた無菌魚肉は、汚染させずに魚肉を取り出した後、直ぐに真空パックして、熱湯のうちで短時間表面滅菌する方法で作られています。熱湯につけるのは、フグで良く行われている方法で、湯びきといわれています。30秒くらい熱湯につけて後に氷水のうちで急速冷却し、刺身に引くのですが、大変美味しく食べることができます。私どもが家庭でフグの刺身をひくときに行っている方法です。この9月には出願特許が公開になるので、皆さんの誤解が解けることと思います。

-------現在、研究はどうなっているのですか?
 無菌魚肉については、経済産業省や下関市の支援を受けて研究を行っています。様々な温度や期間での熟成効果を科学的に調べ、最良のものを商品化したいと考えています。またアマダイ、マフグ、ブリ、カツオ、アジについても商品化を手がける計画です。無菌魚肉の研究は基盤研究の色彩が未だ強いようで、企業の反応は今ひとつです。バブルの時であれば飛びついたのかもしれませんが、今は商品化が目の前に見えないかぎり腰をあげない企業が多いようです。よく言えば慎重と言うのかも知れません。
 最後に、私は大変な味覚音痴なのですが、共同研究者の前田教員の味覚と皆さんの辛らつな意見を支えに研究を進めています。興味のある人にはどんどん研究に参加して欲しいと思います。
-------有難うございました。


Dr. Shiba     Dr. Maeda

食品科学科 芝 教授    食品科学科 前田 准教授

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