※所属・職位・学位は、当時のものを掲載しております。
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エチゼンクラゲ大量出現の予報とその逆転利用 |
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水産大学校 生物生産管理学科
教授 上野俊士郎 |
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傘径1mを越え、体重100kg前後の世界最大級の大型クラゲであるエチゼンクラゲが、近年日本海沿岸で頻繁に大量出現している。このクラゲが沖合のまき網や底曳網、また沿岸の定置網などに多数入網して、漁業活動に深刻な被害を及ぼしていることはマスコミ報道などでよく知られている。
エチゼンクラゲは、5月はじめ頃に長江河口以北の中国沿岸域と朝鮮半島西沿岸域でポリプから遊離したエフィラ(クラゲ幼体)が成長しながら、早くて7月初め頃東シナ海に分散し、その後対馬海流に運ばれて日本海に入り、8月から翌年1月頃まで日本海沿岸などに多量に漂着する。しかし、エフィラの正確な発生時期、発生場所、大量発生の原因、また日本に運ばれてくる成長中のクラゲの生態などについて未だよく分かっていない。 |
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エチゼンクラゲによる被害に対応して、2004年から水産庁を中心としたプロジェクト研究が発足、また2006年から日中韓共同調査が始動して、ようやく大量出現の全貌が分かり始めてきた。今回は、私も参加している2004年からの研究成果とともに対策について私の考えをお示しする。 |
なぜ、超大型クラゲが謎に包まれているのか?
- この理由として、1)日本でなく、中国と韓国の沿岸水域で発生するクラゲであること、2)20世紀にわずか4回しか日本で大量出現せず、研究対象にされ難かったこと、3)食用クラゲとして低価値で、水産業から軽視されていたことによると考えています。
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なぜ、外国生まれなのに「越前(えちぜん)」の名前?
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本種は1922年に東京帝国大学水産学科の岸上博士によりNemopilema nomurai Kishinouyeと命名され、採集場所の福井県沿岸に因んでエチゼンクラゲと和名が付けられました。福井県沿岸(越前地方)はこのクラゲがよく大量漂着する場所なのです。
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なぜ、大量出現するのか?
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中国や韓国沿岸でポリプからエフィラが大量発生して、成長したエチゼンクラゲが日本沿岸に漂着し大量出現しますので、近年中国や韓国の発生海域がエチゼンクラゲ大増殖の好適環境に変化したと考えられています。主な環境変化として、富栄養化、海水温上昇、及び漁獲による競争者の排除などがあげられます。これらの環境変化は一時的なものでなく、長期的なものでしょうから、今後も大量出現は続くでしょう。
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大量出現の予報は可能か?
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現在水産庁を中心として、台風情報並みの予報を目指した調査研究が進行中で、2週間程度の短期予報が可能となりつつあります。また、予報ばかりでなく、エチゼンクラゲの大集群を大型曳網で破砕し、駆除する作業まで実施されています。出現予報や駆除の情報は(社)漁業情報サービスセンター(JAFIC)のサイトに公開されています。
http://www.jafic.or.jp/kurage/index.html
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水産資源としての活用は出来ないか?
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エチゼンクラゲの食品や成分の有効利用についても研究が進められています。しかし、その利用は出現量のほんの一部に過ぎず、大量なエチゼンクラゲを水産資源として活用するまでに至っていません。
中国では、エチゼンクラゲは有用な水産資源であり、漁業者により積極的に漁獲され、食品加工されて一般市場に多量に出回り、調理消費されています。日本で水産資源として活用するためには、中国同様のクラゲ食文化を一般に広く普及していかなければならないでしょう。
私は、エチゼンクラゲの生物学的研究を行なう一方で、我が国のクラゲ食を拡大し、エチゼンクラゲを水産資源として利用推進することが、大量出現による被害の一番効果的な克服法と考えて活動しています。
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大型クラゲの大量出現に対抗する漁獲システムとは? |
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水産大学校 海洋生産管理学科
助手 梶川和武 |
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1. 背 景 |
近年の日本周辺海域における大型クラゲの大量出現は、我が国の水産業に甚大な被害をもたらし、特に、底曳網、定置網の漁業者にとって大きな問題となっています。今年も8月上旬に対馬周辺海域で大型クラゲの出現が最初に確認され、現在までに対馬周辺から山陰の一部の定置網にまとまった入網があったことが報告されていますが、現時点での漁業被害は昨年の同時期に比べると、まだ少ない状況です。また、8月下旬での石川県能登半島への到達は例年に比べると遅れています。しかし、今年は大量出現が回避されるということではなく、漁業被害の軽減に向けて十分な対策を練っておく必要があります。
大型クラゲの大量出現に対して、水産庁では、2004年度より「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」の中で「大型クラゲの大量出現予測、漁業被害防除及び有効利用技術の開発」を実施してきました。この事業では漁業被害を最小限に食い止めるために、クラゲの出現を予測する海洋流動モデルの開発や大型クラゲの行動特性の調査、大型クラゲの混獲を防除する技術の開発、大型クラゲを食としての利用する場合の加工の方法などが検討されてきました。また、社団法人マリノフォーラム21や海洋水産システム協会が事業主体である水産業構造改革加速化技術開発事業でも大型クラゲによる漁業被害防除技術の開発が実施されています。水産大学校では2006年度より「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」に参画し、大型クラゲの混獲を防除する技術の開発に携わっています。 |
2. これまでに開発されてきた大型クラゲの混獲を防ぐ漁具 |
これまで開発されてきた底曳網における大型クラゲの混獲を防ぐ漁具は、大きく3つのタイプに分類することができます。以下に、その構造と効果について簡単に記述します。 |
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1. グリッド型
これは1984〜85年にかけて、米国のメキシコ湾において底曳網に入網するウミガメを排除するために開発されたTED(Turtle Excluder Device;Fig.1)の構造を参考にしたものです。グリッド型の漁具は網の真ん中に設置されたステンレス性の格子と、漁具の上側にクラゲを排除するための逃避口で構成されています。入網したクラゲはウミガメと同様に格子を通過せずに網外へ誘導され、必要な魚は格子を通過して漁獲される仕組みになっています。本漁具は小型底曳網漁業でその効果の実証実験が実施され、漁獲対象種のほとんどを漁獲し、入網した大型クラゲの90%を排除させる効果が認められています。 |
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- 2.中仕切型
中仕切型は、網の真ん中の部分に海底面に水平に網地(中仕切網)を取り付けて上下二段に仕切られた構造になっています。本漁具では、中仕切網に大目を用いることで、カニ類やカレイ類を下網へ落として漁獲し、大型クラゲは仕切網によって上網に設置された逃避口へ誘導され、網外へ脱出させます。中仕切型でも導入対象である沖合底曳網漁業で海上実験を実施してその効果を調べた結果、ズワイガニ、カレイ類のほとんどを漁獲することができ、入網した大型クラゲの約40%を排出できることが明らかになりました。
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- 3. 縦仕切型
網の真ん中の部分に海底面に対して垂直に網地(縦仕切網)を取り付けることによって、網口側と魚を漁獲する魚捕部側に仕切られた構造になっています。本漁具では大型クラゲを網の上側から逃避させる(上網逃避型)あるいは網の下側から逃避させる(下網逃避型)機構になっています。実証試験の結果、上網逃避型は入網した大型クラゲの50〜70%を排除させ、キダイやカレイ類の90%以上の漁獲が可能であることが判明しました。また、下網逃避型は大型クラゲをスムーズに網外へ逃避させることに成功し、タイ類やカレイ類の70%を漁獲することができました。
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以上、ここで紹介してきた技術は、漁業の現場に導入されつつありますが、まだ改善しなければならない余地を残しています。また、現時点では小型底曳網のうち手繰第2種漁業に関しては良い成果が得られておらず、本漁業に適応できる大型クラゲ対策漁具の一日でも早い開発が望まれています。 |
3. 水産大学校での取り組み |
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水産大学校では、2006年度より萩市の沿岸域で操業している手繰第2種漁業のための大型クラゲの混獲を防ぐ漁具の開発に取り組んでいます。現在、実物網の1/10の模型網を作成して、本校回流水槽で模型実験(Fig.2)を実施して、漁具の形状や模型クラゲの逃避状況の確認を行い、漁具の基本構造を検討しています。また、漁業者にその基本構造を理解して貰うために実験を見学してもらいました。
本講演では、これまでに開発されてきた大型クラゲの混獲を防ぐ漁具の構造、大型クラゲの行動特性の分析から明らかになったこと、本校での取り組みについて紹介します。 |
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