血栓・動脈硬化症と水産食品の機能性 |
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食品化学科 教授
松下 映夫 |
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戦後の食糧難の時代はまさに食品の一次機能であるエネルギーと栄養の確保がやっとであったが、経済成長の時代を経てライフスタイルの多様化の時代を迎え、量から質への変換、二次機能すなわち個性を重視したグルメを追及する時代へと食品の役割は変遷してきた。そして、現在は、老齢人口の急増や生活習慣病の増加と国民意識の健康志向などにより、食品の第三次機能である疾病予防・健康増進機能が益々注目されてきている。
加齢や遺伝的な体質に加えて、運動不足、様々なストレス、偏った食生活など日頃の生活習慣のあらゆる側面が実に様々な疾患の発症に大きく関与している。中でも毎日繰り返し行われる食事に知恵を盛り込むことで、生活習慣病を予防したり発症時期を遅らせたりする「知的食生活」の実践こそが、現代人にとって必要なことである。 |
健康食品の開発競争(「トクホ・バトル」)の時代 |
この不況下でも、例えば、K社のアミノ酸サプリメントがヒット商品になるということがある。消費者の意識も非常に敏感で、単に「体に良い」というのではなく、「具体的な成分や効能」を謳った商品がヒットする時代になった。特に、「トクホ」と呼ばれる「特定保健用食品」からはヒット商品が多数誕生している。「特定保健用食品」とは厚労省が「保健の用途・効果」を表示することを許可した生活習慣病を回避するように工夫した食品である。高齢化・医療費負担増を受けて健康ニーズの益々の高まりを背景に、各社とも保健機能食品市場は今後の安定した成長が見込まれるとして、熾烈なトクホ製品開発競争の時代に突入してきている。例えば、トクホ・ガム戦争(L社、G社、W社)の例に見られる様に、その効能についての比較広告・宣伝をめぐって公取委や地裁に提訴しあう事態にまでなっている。また、マヨネーズでは最大手のQ社に対して、コレステロール対策をしたトクホ・マヨネースの臨床試験データを持ってK社とA社が戦いを挑んでいる。健康食品事業への様々な企業の参入の動きも活発化しており、最近のトクホ・健康食品関係のニュースの多さに驚かされる。 |
血栓・動脈硬化症について |
生活習慣病の中でも、高脂血症、高血圧、糖尿病、肥満、は「死の四重奏」と呼ばれ、血栓・動脈硬化の進行が原因となって、脳梗塞、狭心症・心筋梗塞、大動脈瘤などの命にかかわる脳・心疾患を引き起こすリスク・ファクターといわれている。中でも日本人の食生活の変化に伴って、血清コレステロールの上昇(高脂血症)が最近著しく、米国と逆転する勢いであることは大きな懸念点である。欧米の各種大規模臨床試験により、高脂血症の治療は脳・心疾患の予防に有意義であることが証明されている。高脂血症は血管壁に脂質が沈着して瘤の様になり血管の動脈硬化を引き起こし、更にこの様な血管には容易に血栓ができるため、正常な血液の流れを妨げ、その下流にある細胞・組織が壊死(酸素・エネルギー遮断による死亡)するため、上記の脳・心疾患は「虚血性疾患」と呼ばれている。演者らはこの「血栓」を生じる際の引き金となる「血小板凝集のメカニズム」と「血栓の生成を抑制する食品成分」に関する研究を行っている。 |
魚主体の日本型食事の長所と魚油の健康機能性 |
穀類、魚介類の占める割合が大きい伝統的日本型食事では生活習慣病になりにくいため、その健康性が欧米より評価されている。しかし近年の食生活の欧米型(穀類摂取の減少と畜産物への依存)への傾斜、また、若い世代の魚ばなれは伝統的日本型食事のメリットを生かしていないといえる。グリーンランド先住民(イヌイット)の疫学調査から魚介類の摂取、特に魚油が生活習慣病の予防と関係することが証明され、魚油(不飽和脂肪酸:EPA・DHAなど)の健康機能性が注目されている。米国心臓学会(AHA)は昨年末に、「心疾患予防に魚油を摂取しましょう」という声明を出している。中でもDHAは血管から脳神経系取り込まれやすいため、血栓抑制に加えて、神経系の賦活・改善作用があると基礎(ラット)および臨床(ヒト)試験の研究データ発表されている。この老人性痴呆症の改善効果は興味深い知見である。
不飽和脂肪酸には二つのタイプがあり、EPAやDHAなどの魚油成分はn−3脂肪酸と呼ばれている。もう一方のタイプは、アラキドン酸などn−6系の脂肪酸であり、ヒトの体内で局所ホルモン様の重要な働きをするが、過剰に作用すると逆に生体に悪影響を与えるプロスタグランジン類を生成する。魚油(n−3脂肪酸)の摂取はこのn−6脂肪酸の作用を抑制することで健康機能性を発揮するといわれている。n−3脂肪酸とn−6脂肪酸の摂取バランスが健康維持に重要である。 |
健康食品の安全性と有効性 |
健康食品イコール安全という認識は大きな間違いである。医薬品では副作用報告が強化されており、その情報がすぐ入手できるが、健康食品の副作用や危害状況は調査さえも行われていない場合が多い。最近も健康食品中に健康危害物質(医薬品成分)が含まれて、摘発を受けた例があった。
健康食品の効能についても怪しげと言わざるを得ないものも多く存在する。医師やマスコミ報道も必ずしも正しいとは限らない。試験管内や動物レベルの基礎実験の結果がヒトにあてはまらない場合が多い。医薬品は「二重盲検法」という臨床試験で有効性が証明されないと許可されない。偽薬(プラセボ)でも効いたという結果が出るからである。食品においてもきちんとしたデータに基づいた情報であるかという情報源の信頼性検証の必要性は大きいであろう。 |
おわりに |
魚油のみならず水産物・水産食品には多くの健康機能性成分が含まれており、更に機能性成分の有効利用が期待される。水産食品においては、「トクホ」製品として開発された例は比較的少ないようである。「トクホ」製品も含めて、水産食品の健康機能性を謳って、新規商品を開発していく場合に考えるべき課題についても、私見ではあるがふれてみたい。
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