研究紹介  〜花岡研一教授〜 に聞く

2008年8月21日 掲載

今日は、新しいプロジェクト研究を始める花岡教授に聞きます。

一般に、ヒ素は毒としてマスコミなんかで有名ですが、海産生物のヒ素について、新しい大型プロジェクト研究を始めると聞いたのですが。
 はい、農林水産省の農林水産技術会議による競争的研究資金でして、お陰様で採択されました。3年計画のプロジェクトです。実は過去3年間も海産物のヒ素についてのテーマでプロジェクト研究を行いましたが、それは昨年度で一段落しました。今年から、全く新たな観点から海産生物のヒ素について研究開始です。


花岡教授の研究室のある建物からキャンパスを望む(右下の人物が花岡教授)


そのプロジェクトにはこちらの研究室だけで取り組むのですか?
 いいえ、この研究室のほか、学外の3つの機関が参加されます。大学としては東京薬科大学生命科学部、独立行政法人としては水産総合研究センター中央水産研究所、それに民間からは日油株式会社です。水産大学校は研究を進めると同時に、総括研究機関として全体をまとめます。各機関には、それぞれの得意な部分を受け持っていただくことになっています。

研究の内容を簡単に言うと?
 海産生物に存在するヒ素化合物についての研究です。海に棲んでいる生物は、魚介類でも海藻でもヒ素をたくさん含んでいます。それなのにどうしてヒ素中毒が起こらないのか、かつて不思議に思われていました。日本を含めて国際的な研究も進み、海産生物自身が毒のない形にヒ素を代謝しているから中毒しないということが分かってきました。しかし、未だ分からないこともいろいろあって研究テーマとしても尽きることはありません。それらのテーマについて、院生や卒論生諸君とともにずっと研究してきましたが、今回のプロジェクトでも、院生や卒論生は研究の遂行にとってとても大きな力になります。



ヒ素分析のための主要機器、HPLC-ICP-MS


海産生物に存在するヒ素のうち、昨年までの3年間のプロジェクトでは、水溶性つまり水に溶ける性質をもつヒ素化合物に焦点を当てていましたが、こんどのプロジェクトでは脂溶性つまり水に溶けない性質をもつヒ素化合物の構造、分布、安全性などを明らかにするつもりです。

それにしても、海産物には他にもいろいろな元素があるのに、どうしてヒ素を?
 ご存じないと思いますが、ヒ素は非常に興味深い元素です。なにしろ海洋の食物連鎖ではその各段階でヒ素化合物の構造が違います。また同じ段階でも種間差があります。特に、海藻に存在する主なヒ素化合物と魚介類に存在する主なヒ素化合物はどちらも有機化合物ですが、全く構造が違います。これまでに、全部で数十種類の構造が海産生物から報告されていますが、幸いにしてそれらの有機ヒ素のほとんどは無毒か毒性の極めて小さい化合物でした。 

ほー …
このように多様な構造をとるという性質から、海洋生態系に存在するヒ素はいろいろな観点から研究できます。私達の場合でも、「海産食品の安全性」、「海産食品の機能性」はもちろん、以前は「海洋生態系に存在する物質の循環解明」、「海洋大循環(海流など)の実体解明」に取り組んだこともあります。ですから、研究する対象は、微生物を含めた海産生物だけではなくて、海水、底泥、懸濁物、さらには海洋での鉛直循環の主役である沈降粒子と広範囲にわたりました。


HPLC-ICP-MSを使ったヒ素分析に活躍する大学院生


そういえば、学生さんから昔は化石の分析もしておられたと聞きましたが…

ええ、人気のあるテーマでした。ヒ素を通して海洋での物質循環を研究していけばどうしても堆積物にも関わらなければなりません。そうなると、堆積岩や化石も研究対象になりました。それらの研究からは、太古の海産生物の造り出した有機物が数千万年あるいは数億年にわたり地質学的な大循環を行っている姿が見えてきました。私達は、すごく微量ながら、それらの有機物が風と共に舞っている世界に生きているようです。
なぜそんなことが言えるかお話ししたら、きっと大きな興味を持っていただけると思いますが、ここではもう時間がありませんので、また今度ということにします。


水産大学校を望む。背後の山の地肌をなす風化した赤色頁岩には、
太古の水生動物が造り出した有機ヒ素化合物が含まれている。それらは、雨や風によって、再び海へと還って行く。

ヒ素はいろいろな観点から研究できるということですが、その最終目標みたいなものは?
いろいろあるのですが、今日お話しした、海産生物に存在するヒ素化合物の機能性解明です。ヒ素は必須微量元素の一つで、我々にとってなくてはならない元素でもあります。また、今度のプロジェクトで取り扱う、海産生物のある種の脂溶性ヒ素化合物は、もともと機能性を持つと言われているリン脂質にそっくりです。ですから、これらのヒ素化合物は、海産生物を食べた後で我々の体内で生体膜に取り込まれてリン脂質と同様に何らかの機能性を示すと予想しています。我々日本人は、古来、海産食品を食べてきたという事実があります。もしかすると、人間は海産生物から適度にヒ素化合物を摂取した方が健康でいられるのかもしれません。


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