水大歳時記(平成三十年度)夏 の 部
夏
パーカーとそろそろお別れ夏が来る
朝露が干上がるはやさに感ずる夏
虫が増え今年も嫌な夏が来る
じめじめと湿気過ぎたら夏が来る
夏が来るお金を貯めてライブ待ち (乃木坂46)
夏が来て海水触るもまだ冷たい
夏が来て人々の色茶に染まる
もうすでに暑くて暑くて夏怖し
攫(さら)われた かにの亡骸乾く夏
夏になり日差し強くて海光る
夏が来た私の食欲奪ってく
雨降って土かおる夏そばにあり
水大生夏になれば前海へ
水泳でとびこみもぐる暑い夏
夏になりスイカ割りがやりたいな
四方から頭に響く夏の音
アーティスト夏はみんな全国ツアー
遊ぼうと決める平成最後の夏
連日のテスト・レポート死んだ夏
初夏(しょか、はつなつ)
渡り鳥エサを求む子初夏の日
黄緑のランプが照らす初夏の川
梅雨がきて鯵がつれてき夏初め
五月
雨降って海が荒れてる五月かな
5月なのに真夏の様最近ね
五月でも夜蒸し暑く冷房だ これは昨夜暑くて眠れなかったという思いを俳句にし ました。
しとしとと降る雨僕らは五月病
五月病くらげのように浮きあがる.
立夏(りつか)
夏に入り田水が流れ汗も流るる
夜の網戸羽虫が告げる夏来たり
夏来る長期休暇で得る縁 (編者)「縁」と読み取りましたが、「緑」?
立夏の日端艇こいで日焼けする。
夏に入る友早々と海に入る
夏来るビキニ着るため本気出す
風鈴の音を迎へて夏来る
食べた鯛騙してやった立夏黒泥棒
夏来たるクーラーつけてごろ寝する
夏来たる勝利の2文字追いかける
夏浅し
夏浅し川のにぎわい筑後川
虫刺されかゆくてたまらん夏浅し
夏浅し温度高まる部屋の中
明け方に布団被りし夏浅し
夏めく
せわしなく打つ雨痛し夏めく日
あしもとに深緑の影夏めく日
人混みの最終電車の夏めく日
夏めきて露わになるは白い肌
夏めくに冷房つかぬあと二月
網戸ごし夏めく風を転た寝(うたたね)と
夏めく日陽炎道に立ちにけり
薄暑
半袖が小麦に焦げる薄暑かな
薄暑来てひたいにかく汗いとおかし
麦の秋、麦秋(むぎあき、ばくしゅう)
金色に穂先輝く麦の秋
少年と虫取り綱と麦の秋 (編者)「綱」(ツナ)は「網」(あみ)?
海岸で子供が遊ぶ麦の秋
半袖に替え始めるのが麦の秋
幾度無く風邪引き続ける麦の秋 (編者)「私の風邪はのどから」との吹き出しのあ る、顔がネコの筋肉マン、ただし左右の目が泳いで いる、のイラスト略。
夕日落ちなお明るきや麦の秋
皐月(さつき)、五月
五月空潮の流れの如くなり
嵐吹く五月(さつき)の海も荒れている
六月
六月のまぶしいひざし目をさます。
雨薫る風を味わう六月や
六月は梅雨のシーズンド真ん中
六月は雨の誕生命咲き
六月の空は真暗大トンネル
六月の夜雨雲を見て、星想う.
六月の潮のにおいと散歩道
芒種(ばうしゆ)
おい芒種手足ふんばり殻はじけ
田植時
田園にどろ水をはり田植時
梅雨に入り水も豊かな田植時
曇夜に蛙鳴く明日田植時
水面に姿が映る田植時
竜王山澄む新緑や田植時
田植時緑と青のコントラスト
梅雨の時期憂鬱なると田植時
冬こして桜がちって田植時
入梅(にふばい)
暑くなり少しユウウツ梅雨入りだ
梅雨入り気持ちがだんだんなえてくる
梅雨入りしたたる雨音いい季節
入梅で、気持ちブルーに切り換わり.
梅雨なりて虫の鳴き音無音の夜
梅雨入りし、心身ともに、重くなる
梅入りの雨上がりの後昼けだるし (編者)「梅入り」は「梅雨入り」の間違いと解釈し ました。
梅雨入りて部屋干し臭ふいとわろし
梅雨入り喜びあらわなかたつむり
梅雨が来て家にいたいジメジメした日 (編者)「いたい」と読み取りましたが…。
夏至(げし)
夏至の朝早くに見える日の出かな
夏至きても冷房きかない講義棟
紺碧の海に映えたる夏至の空
北の夏至寅に日が出る納沙布岬
夏至で陽は遅くまで野を照らすなり
梅雨なのに雨足続かぬ夏至の日
僥倖や明かり灯かに夏至の夜 (編者)「灯か」は「ほのか」?
夏至の夜そよ風感じすずしいな
夏至の日と思えぬ風にタオル逃げ
夏至の室内たいへんすずしげし
釣り人やまずめが遠し夏至の夜
夏至の日の太陽沈まず黄金色
夏至嫌い暗くならねばできぬ事
白夜(はくや、びやくや)
月眠りずっと働く白夜の日
水無月(みなづき)
梅つける梅雨に入りし水無月
水無月の猛暑の前の涼しさや
冷房に頼るばかりの水無月の日
水無月や名前負けして大雨だ
水無月に将棋盤の音が鳴る
水無月にドライブにいこう秋吉洞
梅雨明(つゆあけ)
梅雨明ける洗濯日和まだ来ない
梅雨明けて今年も夏がやって来る
梅雨があけ私の夏の幕開けだ
梅雨あけて青い空出て元気出す.
世間は梅雨明けと言ってるけど雨。
梅雨明けに熱風降りそぐ下関
カラカラと空気が乾くもう梅雨明けか?
梅雨が明け夏本番の暑さ来る
小暑(せうしよ)
端艇で小暑の海漕いでいく
炎昼(えんちう)
夏の昼日傘の中の白美人
夏の夕(ゆふ)
夏の暮れ水平線に日落ちる
夏の夜
夏の夜夜空に浮かぶ三角形
(編者)「美少女を包み攫ひし大海月」(中山玲子)に倣って 美少女をつつみさらいし夏の夜
夏の夜と幼き日の金魚すくい
短夜(みじかよ)、明易(あけやす)し
短夜や開けっぱなしの窓涼し
夏至の日に酒宴を始めて短夜を過ぐ
太陽の早い目覚めにつれられて
明易し、すいみんぶそくねむたいな
短夜の朝起き出でて魚突く
明け易し釣りをしている朝間づめ
暑し
暑すぎて思考回路が止まってる.
熱帯夜体も解ける暑さかな
あつい日に海で泳げば超キモチー
年々と日本の夏は熱くなる
涼し
日没が早さを増して風涼し
夏の果(はて)
夏過ぎて風の旅路に置き土産
夏の日
夏の日の金魚すくいはかわいそう
夏の空
夏の空太陽光が肌を刺す
帰り道あふれる星の夏の空
夏の雲
夏の雲龍王山にかさかぶる
雲の峰
入道が山脈向こうに顔を出す
青空に白い入道浮いている
入道雲初夏の訪れ伝えてる
梅雨(つゆ)の月
雨空に霞みて見えたる梅雨の月
空泣きて蛙も鳴くる、梅雨の月
神々と雲から出でる梅雨の月
梅雨の月静かに待つはお天道様
夏の風
夏の風飛ばしていけや不安感
南風(みなみ、はえ)
四国から南風に押され電車乗る
見上げれば帽子をさらう南風
梅雨の星、麦星
雲かかりかすかに光る梅雨の星
六月の空には輝く梅雨の星
低気圧心をおおう梅雨の星
夏の雨
夏の雨蒸しに蒸してただ暑い
梅雨(つゆ、ばいう)
カラカラと空気乾かず梅雨が来るかな
あついけど雨はいやだなつゆ来るな
梅雨間近、外は雨雲、杏子飴
夕飯時沈まぬ陽を見て梅雨をまつ
午(うま)の刻窓から覗く梅雨の海
蛙鳴く雨が降り出す梅雨の夜
梅雨の夜の雲の隙間に星を見る
梅雨がきて蒸し暑すぎて夜ねれない
梅雨がきてむしあつすぎてもうきつい
梅雨が来てじめじめしてる今日もいやな日
傘なしで外を走った梅雨初め
もやもやと部屋の湿度に梅雨を見る
夏晴れのいつもと違う梅雨の空
梅雨になり天気予報に注目す
晴れ間なく太陽を持つ梅雨の日々 (編者)「持つ」は「待つ」?
草花に恵みを与えし梅雨の雨
梅雨をうけ、根を張るために水分補給
部屋干しの香り漂う梅雨の時期
梅雨の時期出ようと思えば雨降りける
梅雨の朝遠く感じる通学路
梅雨の雨電車遅らせストレッサー
雲かかり月がみえない梅雨の夜
梅雨の日に海を眺めて優鬱に (編者)「憂鬱」です。
梅雨の海妖艶さ放つ水しぶき
色よどみ船ものみこむ梅雨の海
つゆ知らず雨にうたれる道産子よ
梅雨でぬれ水もしたたるいい男
梅雨の時期雑音きこえぬ雨の音
心地よく眠れる夜の梅雨の音
梅雨深く僕の心もずぶぬれさ
梅雨の雨恵みの雨となりにける、
梅雨が去ると夏が来る∧∪∧ (編者)句末は笑顔の絵文字を写したつもりです。カ タツムリと紫陽花の丁寧なイラスト略。
梅雨の昼いつもは吸えぬ空気かな
梅雨の中晴れ間も見えぬ曇天よ
日傘捨て傘に持ち替え梅雨の朝
梅雨明けぬ吉見の夏は、未だこない
空(から)梅雨
梅雨なのに今年は雨があまりない
梅雨なのか雨なき日々の晴れた空
梅雨なのに快晴続く吉見の郷
五月雨(さみだれ、さつきあめ)
五月雨をあつめて早し厚東川
五月雨をあつめて氾濫西田川 (編者)今度の大雨、大変でしたね!
五月雨が地面をうるおし草生える
紫陽花を輝かせたる五月雨や
じとじとといつまで続く五月雨
五月雨や晴れ間も見えぬ空模様
五月雨が埋める7日の傘マーク
激しくて行く先見えぬ五月雨
さつきあめちょっとくらいはぬれていい
夕立
ひんやりと天地を潤す夕立かな
夕立と傘盗る賊を憎む我
夕立で水もしたたるいい男
虹(にじ)
虹眺む君の横顔時止まれ
噴水に太陽当たり虹が出る
噴水と日差しで輝く霧の虹
雷(かみなり、らい)
雷よ早く止まれ恐いです。
雷鳴に混じれて響く虫の声
新かんはかみなりだらけで運悪い (編者)一応「新かん」と読み取りました…
梅雨晴(つゆばれ)
五月雨の涙を拭えば晴れの空
夕焼(ゆふやけ)
夕焼けにポツンと光る一番星
夏の山
夏の山暑さの中にそこに立つ
夏の山緑に映える夏帽子
夏野
陽炎が活気を紛らす夏野かな
風ふけばざわざわ騒ぐ夏野かな
夏の川
夏の川岩魚を見つけ感嘆す
夏の海
夏の海今日も僕らを呼んでいる (編者)句末に添えられた小さなヒトデのイラスト略。
夏の海レゲエ砂浜ビッグウェーブ
夏の海 海の中はバラダイス
由比ヶ浜海より女欲の浜
波高く波ザアザアと夏の海
ためらいの海月浮かびし夏の海
日の光光る水面夏の海
太陽で熱い砂浜夏の海
昼過ぎて窓が切りとる夏の海
窓ごしに見えるは星降る夏の海
窓の外叫び聞こえる夏の海
夏の海暑いからもぐりたい
もぐりたいまちどおしいな夏の海
焼けた肌潮風染みる夏の海
砂浜の”好き”の字消した夏の海
夏の海向こうがもやっと陽炎や
夏の海台風つづきで海あれる
懸命に端艇を漕ぐ夏の海
夏の海海技実習日和かな
卯波(うなみ)
美しく卯波はじける釣場かな
車窓から見える卯波ひびき灘
我が尿を煌く卯波にぶちまける
白金の卯波が映える初夏の海
皐月(さつき)波
雨ふって海は大荒れ皐月波
夏の潮(しお)
浮輪買い未だ来ぬ夏潮待侘びる
梅雨垂れる乱れし夜に夏の潮
氷河
夏の欲氷河の上にブルーハワイ
氷河とか近場にあったら大金星
泉
夏の季語「泉」を使って五七五 リフォームも自分でできる森泉 (編者)前書きも俳句になってますね!
滝
徳仙の沢蟹獲りし夏の滝
夏休み
そろそろね夏休みだねワクワクね
更衣(ころもがへ)
更衣服におどろく薄いなと
春が明けもうすぐ木々も更衣
青々と染まるお山と更衣
夏帽子(ぼうし)
公園で走りまわる夏帽子
夕焼けに1人で歩く麦藁帽(むぎわらぼう)
夏帽子向日葵畑で振り返って (編者)2輪のヒマワリの花のイラスト略。
そよ風にゆれるかかしの麦藁帽
海岸でむぎわらぼうで呼吸して
砂浜で麦わら帽子が釣りしてる
むぎわら帽海のすみですずんでる
首にかけ、元気に遊ぶ夏帽子
麦藁帽海賊王になりたいな
夏帽子 風であの子に飛んで行け
鮓(すし)
葉を開き香り広がる朴葉寿司
麦湯、麦茶
飲むほどに麦茶の氷音を変え
アイスコーヒー
部屋暑いアイスコーヒー体欲す
氷水(こほりみづ)
夏空に氷河想いて氷食う
食べてみたい氷河で作ったかき氷
暑き日はイチゴシロップの氷河かな
かき氷すいかに祭はやっぱ夏
葛饅頭(くずまんぢゆう)
店行きて、ホッとひといき葛饅頭
葛饅頭美味しいだろうと夢に見る
葛饅頭水うまければあじもよし
白玉
白玉やお色直して金玉や
ぜんざいの白玉団子のどつまる
心太(ところてん)
ところてん暑さも汗も体内へ
心太透き通っていて心痛む
つやつやと光をはじく心太
夏の昼和室の窓際心太
土用鰻(どよううなぎ)
たれをつけうちわであおぎ炭火焼き 山しょうかける土用丑の日
丑の日の今日の晩飯うなぎかな
噴水(ふんすい)
暑いからみんなで行こう噴水へ
噴水にはしゃぐ夏の子供
噴水の飛び散るしぶきここちよい
噴水のはじける水摘すずしげで (編者)「水滴」です。
噴水の水面に映る暑さかな
ぬるくなり噴水近くも暑いまま
猛暑の日噴水つくる水道で
狂いたる止まぬむすめの噴水や
止み知らず熱き所の噴水が
冷房
この学校はやくクーラーつけてくれ
暑さにも負けず劣らず冷風か
風鈴
風鈴の音色が響く夏の夜
日傘(ひがさ)
暑い夏強い日差しだ日傘する
日傘さし破れた穴から光りさしこむ
曇りでも阿保面ひっさげ日傘さす [地]
烏賊釣(いかつり)
イカ釣りに行ったらエギがなくなった (編者)一応「エギ」と読み取りましたが…。
ヨット
風が吹きヨット走らせ至福の時
風うけて進むヨットはマイペース
白ヨット風にゆられて帆ゆらす
キャンプ、バンガロー
バンガロー熱帯夜でも頑張ろう
プール
もう夏かプール上がりの文化論
海水浴
海水浴つらいイラつく良いスイカ 逆から読んでも… (編者)これはこれは!こんなに長いのに回文になってますね!
海の青空の青にも海水浴
水遊び
水遊び暑さを忘れて舞い踊る
花火
コンビニにそろそろ花火が売られだす
花開く夜空に咲くは夏花火
空見上げ星のすき間に花火散る
夏花火平成最後あの人と
髪洗ふ
海入りあがってきてから髪洗ふ
海水で痛むとやだから髪洗ふ。
昼寝
窓開けて心地よい風昼寝する
夏の風邪
夏早き季節の変わり目風邪を引く
鯉幟(こひのぼり)
青い海堂々泳ぐこいのぼり
鯉登り子供達の高き声 (編者)「鯉幟」です。
海開(うみびらき)
海開きたるんだ体を鍛えだす
海の日
海の日に海に入る日あったかな
祭
夏祭り月夏美人に会いたいな (編者)「月下美人」をあえて「月夏美人」に変えた のでしょうか?
雨蛙(あまがへる)
梅雨のアマガエル歓喜で跳ねる
守宮(やもり)
客人のヤモリ見守る水無月の夜
鮎(あゆ)
ふるさとや今年も川に鮎戻りける
清流でダイヤに見える鮎のひれ
鮎の膜様白く輝くしずくかな. (編者)「膜様」は「模様」?
夕暮れにまぶしく輝る川の鮎
けいりゅうで魚釣りしてあゆつるぞ
鮎釣りて数秒後には、串刺しに
あゆつりでいっぱい釣るのは僕あゆむ。
鮎焼いて煙が出れば蚊が逃げる 鮎が魚の中でも好きな方なので
鮎食べて〜そう思いながら鯉食べる (編者)鯉もそう簡単には食べれないと思いますが…
鮎食べて、あふれる笑顔は千の波
川岸で鮎焼く匂い心湧く
鮎食いてふと気づけば骨つまる。
岩魚(いはな)
清らかな水面に跳ねる岩魚かな
岩魚はね澄んだ水に散る波紋
渓流で涼みながらの岩魚釣り
けいりゅうで岩魚釣りがねたのしいな
水玉のうまきやつらのイワナくん
この季節岩魚のからだも梅雨模様
渓流の静かな主人岩魚
岩魚食べ筑後川には秋がくる
山女(やまめ)
碧中を泳ぐ山女はしゅるするり
やまめづり物音たてずに夏の朝
釣り上げて河原のそばで山女焼く
金魚
金魚買い夏の暑さをふきとばす
猛暑日にゆらりと泳ぐ金魚かな
人間のエゴで金魚がすくわれる
夜の光浴びてゆらめく金魚かな
金魚すくいポイが破れてすくいなし ↑金魚がすくえない/救いようがない
縁日の金魚がとれて夏が終わる
キェェアアアア! 金魚がシャァベッ タァァアアアア!!
熱帯魚
水槽で大海知らぬ熱帯魚
水槽で泳ぎ続ける熱帯魚
水槽で泡をかぶりし熱帯魚
何処へ行く夏に旅する熱帯魚
夏の海色を生み出す熱帯魚
目高(めだか)
川ながめ泳ぐ目高感動す
きらきらと波紋広げる目高かな
新しい家族が増えたよメダカさん
池の中学校さがすメダカかな
スイスイと楽しく学ぶめだかの子
おじいさん めだかそだてて子とあそぶ
メダカみて供に金魚思い出す
孤メダカ今日の自分と重ね見る
黒鯛、ちぬ
今年の夏まだまだ寒い黒鯛(チヌ)釣れず
黒鯛釣りに来たのはいいがボラばかり
黒鯛釣って楽しい食べてうまい
チヌ食ってタイより美味く驚いた
石鯛(いしだい)
石鯛をもりで動き止めヘッドロック
鯖(さば)
群青の疾る鯖の背波間かな
青い鯖夏の潮にて海の匂い
小鯖跳ね波の男は竿を振る
昼食の弁当の具は鯖だった
猫までがまたいで歩く鯖の町
青き鯖届かぬ我が手金足りぬ
鯖の群れ中身をあけて虫の群れ
ジョアジギで最近鯖が釣れました。
夜釣りして何もかからぬ切身鯖
いさき
幼少に食べて育ったいさきかな
鱚(きす)
鱚釣りで砂浜にてねがんばろう
鱚欲して潮吹く海へ梅雨の月…
白鱚をヤスで突いたら血まみれに
キスさばきまな板の底すき通り
飛魚
飛魚がひょうひょうと影走る
飛魚の海を翔けると共に行く.
船底を飛び出す飛魚(あご)が線をひく
あご出汁ですするうどんは地元の味
広島の有名なダシ飛魚の
べら
朝日あび べら釣りながらすごす夏
針の先ついてくるのはべらばかり.
虎魚(おこぜ)
早業の海のハンター鬼虎魚
海底に潜む虎魚の静けさや
友達がにらめっこした鬼虎魚
砂浜を素足で歩き危機虎魚
夏の海ゆらりと泳ぐ虎魚たち
笠子(かさご)
釣りいってカサゴ3ひきうまかった
蛸(たこ)、章魚
暑くなり日陰を探して蛸壺へ
足八本我はたこなり食うてみよ
見つけても暗闇に身を隠す蛸
根がかりでたこ期待するこのきせつ (編者)口の突き出た七本の足が見える小さなタコの イラスト略。
たこ食べて口の中ひっつくきゅうばんや
たこたべたい実家を思い出すたこやきだ
たこ焼きはみんなで楽しむ蛸の味
アツアツのたこ焼き食べてあったまる。
ゆでればうまい赤蛸
どこ探しても食べれない 記憶の彼方あのたこ天は
水母(くらげ)、海月
白海に、いくつもうかぶ海月かな
月の色きらめく海月夜空かな
水面にゆらゆら海月 海の雲
さざ波に身をも任せる水月たち (編者)「水月」は「水母」それとも「海月」?
かの水母止むこと知らじ潮吹きの (編者)笑顔のクラゲのイラスト略。
モリ突きで、海に行くとね水母いる
水母釣り大量すぎて憂鬱に
海日和海月に刺され困ったな
息子泣く水母挟みし夏の夜 (編者)サングラスをかけ、パイプをふかし、足の一 本で棒を持っているクラゲのイラスト略。
ばら同様さわると痛い海月さん
僕の愛クラゲのようにすき通る
悠々と潮に流され浮く水母
深海で月を夢見し海月たち
夏の空日に焼けているくらげかな
海原にダイブかまして海月ウザ
傘あるが水がはいりし大海月
海月見るいやされながら部屋の中 最近部屋でクラゲを飼うのが、ハヤっているらしいで す。
腹減った海月を食べよう海行こう
少年を吉母(よしも)に誘う水母たち (編者)吉見近辺の海水浴場の名前が出てきました ね!
明日からくらげがでてきて泳げない
海行けばくらげが出てきて危ないよ
海もぐりクラゲにさされ足かゆい
夏の虫
りんりんと真夏の虫のオーケストラ
蛍(ほたる)
川を見てほたるの光に想い馳す
河川敷淡い光が夜を舞う (編者)お尻の光っている6本脚の蛍のイラスト略。
ゆるやかに吉見を照らす蛍かな (編者)少し細長い(少しゴキブリみたいな)蛍のイ ラスト略。
きらきらと命を燃やすほたるなり
兜(かぶと)虫
虫かごのすいかの上のカブトムシ
鍬形(くわがた)
クワガタに鼻を挟まれ目が覚める
蝉(せみ)
知らぬ間に梅雨があけてさセミミンミン
あぶらぜみ はかない命に今日もなく
窓の外耳をすませばセミの声
汽笛にも負けず勇まし蝉の声
蠅(はえ)
五月過ぎ小蝿飛びかう五月蝿いと。
ごきぶり
かさこそ隅からゴキブリかよ。
蝸牛(かたつむり)
雨降ればどこにいたのかかたつむり
梅雨來たりあじさい見るとかたつむり
紫陽花をかきわけてゆくかたつむり
葉桜
葉桜が窓辺に映える午後3時
桜散り木が緑だねもう夏ね
葉桜の卯月半ばはイカ釣れず
自分の一句 桜の葉散りゆく先は池の舟
薔薇(ばら、そうび)、しょうび
大原に微かに栄える薔薇の色
薔薇のよに香る美姫にも棘がある。 (編者)65年の人生経験に照らして、私もそう思いま す。
航海を共にする船に薔薇差し出す.
牡丹(ぼたん)
白牡丹見つけて思うあの人へ
紫陽花(あじさい)
紫陽花や雍容として水滴る (編者)鉛筆でさりげなく書かれた紫陽花のイラスト 略。「雍容」(ようよう)という言葉初めて知りま した。
梅雨になり紫陽花映える朝露に
紫陽花の色が恋しい梅雨の海
つゆに濡れ朝日に光る紫陽花や
紫陽花が朝露にぬれ輝けり
紫陽花の上で輝く一粒に
雨が降る静かに花咲く紫陽花さん
紫陽花が目を開らけば梅雨がくる
蛙の目ぽたりぽたりと紫陽花か
紫陽花とカエルのセットの夕暮れ時
空泣きて紫陽花の上牛が這う
五月雨に身をもまかせるあじさいよ
青梅、梅の実
曇天のつゆ吸い光る桃色の梅
時計草
時計草 草の中から今何時?
何時を指す誰も知り得ぬ時計草
時計草山野の朝に時刻む
時計草スイセンみたいで毒ありそう(偏見)
杏(あんず)、杏子
夏の日に冷たい杏子食べすぎる
杏子の木さわやかな朝良い香り
夏蜜柑(みかん)
柑橘の匂い漂う瀬戸田町
青葉
風吹いて涼しげに舞う青葉かな
新緑、緑
葉が緑夏が来りて暑さ増す
緑色寒さを越て爆発だ
木下闇(こしたやみ、このしたやみ)
足ばやに歩くさきには木下闇
雛罌粟(ひなげし)
雛罌粟や茂る野草に紅一点 (編者)かわいい1本の草花のイラスト略。
百合(ゆり)
草原の緑に光る白き百合。
百合が濡れ匂ひあふれる梅雨の頃
月下美人
夜に舞い一瞬を生きる月下美人
月下美人月を伴侶に舞ひふれり
パセリ
パセリはね脇役だけどおいしいね
麦
夕ぐれに田を染めあげるこがねいろ
授業
雨降ってラジオ体操中止なれ 体操の第二のマッスル女子やらん
講義中、昼を過ぎたら、暑くなる
サウナとは講義棟のことを言う
勉強をしてなさすぎてテスト死ぬ
学生生活
雨降りて孤独に染まる老鷹の影
海行くとちりばめられたシーグラス
雨続く明日は晴れると信じてる。
雨上り澄んだ空白い星
肝試し帰りに見えた白い影
虫の音や鳥のさえずり吉見かな
鈍風がぬれ髪ゆらし心憂し
かいがんで きらきらひかるシーグラス
海眺め遠い汽笛に耳澄ます
空を切り海面を飛ぶつばめ魚 (編者)「つばめ魚」は比喩?実際に「ツバメウオ」 という魚がいますが、空は飛ばないようです。
白い陽が海面なでるそよ風と
夜釣りてクサフグ釣れて草生える
石畳帰る石土竜や星一つ。
ベーランで2周走って筋肉痛
(本文なし) (編者)右手にキセルを持ち、左脇に刀を差した浮世 絵風(写楽?)の侍のイラスト略。
バミューダを祈りて渡る夢船団
青い空青い海に青いねこ (編者)太陽の輝く海岸を歩くドラえもんのイラスト 略。ドラえもんよく描けてますね!
めじないや食べられないのにけちなイカ
旧友とマジカルバナナやりたいな
血を流し汗水流しがんばろう (編者)たまには(この授業などで)一休みしてくだ さい。
黄昏れの夕日にのぞみ我が故郷
ギター弾く海斗イケメン大好きだ
海潜りガシラ食いつくジクヘッド
水平線に浮かぶ船舶我が将来 (編者)船のコースに進むのですね。頑張ってくださ い!黒く映った、水平線上のタンカーとコンテナ船 (?)のイラスト略。
夕ぐれに君が映る水たまり
夕暮れの船の汽笛に笛田きく ※筆者の故郷は笛田とゆう地名
この声よ海の向こうへとんで行け
海中がアマモだらけで草生える
深い海浅瀬・深瀬両方探る
優越感ちくわ抱えた鷹の顔
アルバイト肉取り放題牛キング
ねむたいわ〜今日も一日つかれたな〜
絶対に釣れると思った午前4時
こんにちわあいさつ大切こんにちわ
山中に苔オン・ザ・ロック草生える
キラキラと朝日が上る白い朝
あさになる君のもとへもうダッシュ
ここに来てゆいいつ思った海きれい
端艇ノ上デ揺ラレテ眺メタル 波ノ乱反射ニ想フ十九
太陽が傾き染める山陰線
7時過ぎ海から見える赤夕日
テレビ見ていつの間にか闇の中
アレルギーイカはあるけどたこはない。
大盛で常に貪欲ごはんくん。
2年ぶりでキャッチャーしたら肩いたい
青い空走る長友 長友!?
海を見てふと思い出す小5の夏
嵐吹く吉見の海は荒れにけり
心洗わる澄んだ涼風に 草花としづくつきたる風に揺る (編者)一応「草花と」と読み取りましたが、 「を」か「も」にも見えます。
雨続き心もどんよりはよ晴れろ
雨やんで日光に反射する水たまり
鯉鯰友と釣りし日故郷想ふ
夕暮れの赤く染まる水平線
ゆらゆらりボクの視線と波立つ海
海原に思いを馳せる釣竿や
冷たさと肌に染みる浜の潮
海の幸昨年の海をつれて来る
鳥井謙海の中では最強さ
歩くたびほほをしたたる努力水
端艇を漕ぐ肌を焦がして太陽光
海面の潮の流れを感じとる
物語
(4) 山辺陸「今回は真面目にいきますか.」 鈴原弓「あ、今までか不真面目という自覚はあった んですね。」 陸「まあね。で、たまには真面目してみようかと.」 弓「ああもうただのフラグとしか思えません」 陸「気のせい気のせい.」 弓「木の精でも水の精でもないです … で、一応聞 いておきますが本音は?」 陸「考えるのあきた.」 弓「だろうと思いました …」 陸「で … と。どこまで話したっけ.」 弓「文化芸術部、略して文芸部は設立当時は我が校 最大の勢力を誇る部活であるけど、設部者でも ある初代部長が卒業して以来、その勢力は激減、 文芸部や漫画研究部など新しくできた部活に部 員を奪われた上、略称が自分の部活名とかぶる という謎の因縁を文芸部につけられ止めを刺さ れそうになるも、文化芸術部vsアンチ文化芸術 部連合による剣道対決が行われた。…ってとこ までですね.」 陸「うんまるでだれかにあらすじを紹介するような 文章どうもありがとう.」 弓「実際やってみるとこれすごくつかれますよ。一 気に言わないといけないわけですし。」 陸 「だろうね。でも普通やらないと思うけどー.」 弓「で、その剣道大会はどうなったんですか.」 陸「いや、負けたんだったらこの部が残ってるわけ ないじゃん」 弓「ですよねー。」 陸「まあ、アンチ連合は、うちの部活を完全につぶ したかったらしく苦手と思われる運動で … し かも、兼部生が多い剣道で勝負しかけてきたん だけどね …」 弓「いや、それでなんで勝てたんですか. 陸「そりゃ … 当時の部長が田宮神剣流の免許皆伝 だったからね …」 弓「ええ …」 陸「あと副部長はタイ捨流の達人だったし …」 弓「なんで剣道部に入らなかったんですか.」 陸「だってうちの剣道部クソ弱いし …」 弓「そうですが … 確かにそうですが … ええ … でもそういう問題ですか … 陸「そういう問・題」 弓「 … はあ」 (編者)「今までか」は「今までが」? カッコ閉じ のいくつかがありません。「問・題」の「題」の後 のハートマーク略。冒頭の番号は編者が付しました。
(5) 弓「えっと … でも、勝ったことにはかわりがない ですから … 」 陸「いや、廃部になったよ」 弓「え!?」 陸「まあ … 先輩たちがノリに乗って剣道部全員病 院送りにしちゃってさ … 」 弓「どんな試合ですか!?」 陸「関わった人全員謹慎くらって部員不足で廃部」 弓「それは … 廃部させようとしたアンチ連合の方 達もおどろいたでしょうね」 陸「ま〜、あいつらも部長・副部長クラスが全員病 院いっちゃったから大打撃だったらしいし双方引 きわけってことかな.」 弓「そんなもんですか … 」 陸「うん、そんなもん♪」 (編者)冒頭の番号は編者が付しました。
(6) 弓「 … あれ?でもそれじゃあなんでこの部活が … 」 陸「僕がその試合に参加してなかったからね。」 弓「でも … 一人で問題ないもんなんですか.」 陸「あー … 。ほら、そこは先輩方は停学なわけだ し、籍はまだあったからね」 弓「なるほど … そういうものですか.」 陸「うん、そういうもの。まぁ、でも君が入部して くれなかったらこの部の存続も危うかったんだけ どね.」 弓「そうなんですか?」 陸「アンチ連合はなんとか解決できたんだけど … 弓「武力で … ですね」 陸「その顧問供に逆恨みされてさ … 」 弓「え … でも、その先輩方が原因なんですよね?」 陸「でも … 先に剣道勝負、て言ったのは相手だよ。 こっちは一応剣道のルールにしたがったわけだ し.」 弓「たしかに … 」 陸「第一、三段突きくらいでノックダウンとか弱す ぎでしょ」 弓「先輩方は全員沖田総司か何かなんですか?」 陸「大丈夫。皆健康そのもの.」 弓「いえ … そういう事ではなく … 」 陸「まぁ、何はともあれ、僕以外の同学年は執拗な イジメにあい全員自主長期休暇に入って実質部員 一人になるし.」 弓「ゴミですね.その先生。 … 先輩は問題なかっ たのですか.」 陸「えっだってあいつらの授業とかまじめに受けて ないし.」 弓「ふぇ!!」 陸「あれ … まじめな人にしか効果ないからね」 弓「 … ええと … そのイジメって具体的には!」 陸「授業中、執拗に難しい問題をあてて、間違える と隣のクラスにきこえるくらいの大声でバカにす る.」 弓「 … うわぁ … ゴミすぎる.」 陸「ちなみに、僕は授業ろくに聞いてなかったから、 何の質問かもわからず、適当に先生の黒歴史〜中 学生編〜をドア窓全開の状態で大きい声でこたえ たら … なんか次の日から先生こなくなった」 弓「いや、それ、絶対先輩のせいですよ」 陸「え?黒歴史ってもこっぱずかし告白の手紙読み 上げただけだよ」 弓「 … もう、何も言いません … 。 陸「???」」 (編者)「ゴミ」という言い方は少し過激すぎる気が します。
(7) 昔々 … とまではわからないが、とりあえず今で はない過去のいつかある所におっさんとおばさんが 住んでいました。 おっさんは毎朝仕事に、おばさんは特に何かをす るでもなく、ただ毎日ゴロゴロしていました。 ある日、おばさんは働こうと思い立ちました。し かし、このおばあさん、働いたことがないのでどう やって働くのかわからない。 おっさんの真似をしようにも、おじいさんの仕事 がわからない。わからないものはしょうがない。 そこでおばさんは考えた。 「よし、こっそりおっさんの跡をつけてみよう!」 こうして、おばさんはおっさんの跡をつけ、その 仕事をよ〜く覚えました。そして、おばさんはみて きた通りのことを実行しました。 数日が過ぎました。 ある日 … さっきのある日とはまた別の日ですが、 (当然だね)家に人が訪ねてきました。ひさびさの 客におっさんはとまどいながらも客間に通そうとし ました。 しかし、客はおかまいなしに紙をつきつけ、家の 中に入り、複数個のものとおばさんをつれていきま した。 次の日の新聞の見出しにはこんな文字が並んでい ました. 「連続殺人鬼捕わる.犯人はプロゲーマーの同居人」
(8) 弓「あれ?でも部室ありますよね … ここに」 陸「あ〜それは話すと長くなるんだけど … 弓「そういうのいいんで、簡潔に要点だけを。」 陸「 … えぇ。まあいいけど。」 陸「スカウトされた.」 弓「???」 陸「いや、だからスカウトされたの.」 弓「誰に!」 陸「警備員に.」 弓「 … 何となくオチがみえましたが一応尋きます ね … なぜですか.」 陸「アンチ連合の時の活躍を買われて。」 弓「あれ!でも先輩は乱闘に参加していないんです よね. 陸「まあ、俺が得意なのは薙刀だからね.弱者を傷 ぶる趣味はないのでね.」 弓「そのなぞの自信はおいといて … もうCQC同好 会にでもしたらどうですか.」 陸「え、そこは日本武術同好会じゃなくて?」 弓「自分がCQCだと思えばそれが宇宙CQ … 陸「はいカット!」 (編者)「宇宙CQと読み取りましたが…。CQCって 何ですか?
(9) 陸「いやぁ〜それにしてもまさか君があーいうネタ かましてくるとはね.」 弓「ネタ? なんの事ですか?。 陸「わーお、この子*でボケてますよ.」 弓「先輩にだけは言われたくないですよ…」 陸「いやいや〜、私がボケ、君がツッコむ、この流 れは大切だって」 弓「先輩?もしかしてわざとやって… 陸「えーっと、とりあえずそんなこんなで文化芸術 部は今にいたる … と、OK?」 弓「せ〜ん〜ぱ〜い〜!」 陸「そうそう … 君は何か得意な武芸とかある?」 弓「 … あると思います。」 陸「うん。… ってか、さっき言ったような経緯もあっ てうちはある程度戦える人いないと… 弓「いや、普通文化系の部活に必要ないですよ、そ のスキル」 陸「やっぱり武道研究会に変えよっかねぇ…」 弓「かえなくていいです … 多分。」 陸「そもそも、君はどうしてこの部活に?うちの部 は正式な部活勧誘はしていないはずだけど…」 弓「この学校に進学した先輩に観められて… 陸「なら、ほぼ確実に何らかの武術ができるはずだ .そうでなければアンチ連合のスパイか…」 弓「まさか、この部活の勧誘って武術やっている人 だけにやってるんですか … なるほどだから非公 式。」 陸「納得してるとこ悪いが少し違うな.勧誘してい ないのは面倒だから、そして、さっきまでの話き いてもわかるように、この部がそもそも非公式扱 いだから. 弓「え…?」 陸「だ〜か〜ら、一応今動ける唯一の部員である私 が勧誘をしていないから、この部活は勧誘してい ないの。その君に勧める人は … おそらく停学くらっ た先輩のだれかだろうね.」 弓「 … やっぱりそういう事でしたか。 … あれ … でも … 陸「一応、部活としてみとめられてはいるがな… まぁ、みとめられてなくとも勧誘はやったもの勝 ちではあるし.」 弓「 … あれ ….」 (編者)「勧められて」です。「*」の1字は読み取 れません。最後の行は一応「あれ」と読み取りました。
(10) 陸「でも、我が部活の部員じゃないとしたら. ???「私の事を呼んだ?」 陸「呼んでないですお帰りください。」 光「あ、和先輩」 和「お、光ちん、やってるやってるよ〜」 陸「で、てめーは何しにきた!」 和「やだな、生徒会長がどこに行こうが勝手でしょ.」 陸「いや … 1人で立候補したら、二年の先輩の信 頼度のなさでたまたま生徒会長になれただけの 奴が何を言う」 和「ならこの部をこわ…」 陸「どうもすみませんでした。」 和 … そのすぐに退く態度、逆に尊敬するわ.」 陸「そりゃどーも。ってか、そもそも非公式なんで すけどね … うちの部」 和「だから光ちんにここ入部させたんじゃん.」 陸「やっぱりてめーの仕技だったのか。」 和「これでむかつくゴミ虫供をぶっとばせるでしょ.」 陸「先生の事をゴミ虫って … おまえ生徒会長失格 だな.」 和「 … ほめてもなにもでないよ。」 陸and弓「ほめてない(ません)」 (編者)「仕技」は「仕業」?「光ちん」と読み取り ましたが、光ちんは弓ちゃんのこと?つまり「弓光」 という名前?
(11) 陸「そういえば、会長の奴が言ってたお前の特技っ ていったいなんなんだ。」 弓「あれ、先輩いつのまに帰っちゃたんですか。」 陸「なんか、『とりあえず新入生がいないと廃部に なっちゃうらしいから有望な新人紹介してあげた』 云々言ったあと、なんか『うちのバカ教師たちを ぶっつぶせ』だと『不当停学をくらった先輩方は かならず解放する』などよくわかんない事を言っ てさっき帰ってったぞ。」 弓「 … はぁ。」 陸「なにしに来たんだろうな」 弓「さあ … 顔をみせに来たんじゃないですか…」 陸「いいめいわくなんだが … で、話しを戻そうか。」 弓「あちゃ〜ばれてましたか。」 陸「わざわざ見ていた事を聞くあたり見え見えなん だよ.」 弓「今度から気を付けますね。 陸「そうしろそうしろ … で、結局なんなんだ。」 弓「しかたないですね … まあ、特技というほどで もなく、兄から教わったんですけど。」 陸「… ほう」 弓「鉄扇を少々…」 陸「 て っ せ ん 」 弓「はい、鉄扇」 (編者)7行目の「だと」(と読み取りましたが)は 「だとか」?
(12) 陸「鉄扇 … ってあのゲームとかでよくみるあれ?」 弓「私はそこまで得意なわけではありませんが … まあ、護身術くらいにはなりますよ。」 陸「まあ … ゲームとかと違って鉄扇は本来護身用 のものだからな。」 弓「そうですよー。あくまで弾や刀から守るためで あって敵を倒すためのものじゃないんです。」 陸「 … って事は他にもあるんだろ。まさか鉄扇だけ というのは考えにくいからな。」 弓「 … やっぱりわかっちゃいますか。」 陸「あぁ、あの委員長はウザいだけで嘘つきではな いからな。」 弓「 … 捕手術です。」 陸「トリテジュツ … あぁ捕手術ね。柔術の元ネタ とも言われる…、それぇ!?」 (編者)「元ネタ」は「元祖」にも見えますが…。
(13) 陸「捕手術って、柔術に取り込まれたというあれ?」 弓「そうです。一応日本古武術の中のひとつですね。 素手で敵を制圧する武術ですが、それを取り入れ 発展したのが柔術って感じですね。」 陸「っていうか なんでそういうマイナーな武術を…」 弓「うーん … マイナーっていっても警察とかでは 使える人多いらしいですよ.」 陸「そりゃあ、リアルで必要ですからねっ」 弓「私は兄に教えてもらったからですね。 陸「そういえば、鉄扇の時もそう言っていたな.お 兄さんは警察かなにかなのか?」 弓「いえ、一般人では … あ、いえ、あれは一般人 じゃないですね。まぁ、そもそも警察の人は鉄扇 使わないと思いますし.」 陸「だよねー。」 (編者)1行目が前回の最終行とダブっているようで す。ホームページにのせるのが遅くてすみません。
エッセイ
今日すごく暑いので、夏だなあと実感しますね。 初夏を伝える詩もすてきです
まだ五月なのに 日焼けしてしまい なんかいやです。
ポーの話はとても興味深いと思いました。
南極の話がおもしろかったです。 (編者)地球の上三分の一が切り取られて浮いてい て、その断面に三人の人が立っているイラスト略。
アホウドリの子供可愛いかったです。 (編者)カップと、パンとナイフののった皿と、それ らののったテーブルの面とその向こうに見える椅子の 背のイラスト略。
「テケリ・リ! テケリ・リ!」という鳴き声から、 ラブクラフトが書いたクトゥルフ神話に出てきたショ ゴスを連想したが、調べてみると元ネタはあくまで こちらの小説の方であり、ラブクラフトがそれをモ デルにしたということが分かりとても勉強になった。
昔の出来事をたくさん考べた。 マスケット銃 (編者)「考べた」は「学べた」?
最近暑くなって来ました. 夏がくるいろいろたくさん楽しみだ 印象に残っている言葉 マスケット銃
深海のいろを選びぬ更衣(ころもがえ) (柴田白葉女) 更衣と深海のつながりが良くわからないが、どう いった意味で作者は書いたのだろうかが少し気になっ た。
〔深海のいろを選びぬ更衣〕(柴田白葉女) 深海では自由に色を選べるのか選べないのか分か らないが独特の見た目が服を着ているように例えて いるように思う。
夏になると白い服を着たくなるが、深海の色も涼 しげで良いと思った。 私にとって深海の色は深緑のような色だと思った が人によって色が違うと思うので他人の考える深海 の色をきいてみたいと思った。 (編者)僕も深緑色を思い浮かべました。
「深海のいろを選びぬ更衣」(柴田白葉女)は夏に なり夜が短くなり、寂しいという気持ちから更の色 は深海のように黒く暗い色を選び寂しさをまぎらわ していることも思わせる句だと感じました。僕的に は、日が長く明るいほうを好むのでこの句にはあて はまらないと感じました。 (編者)「更の色」は「衣の色」?
深海のいろを選びぬ更衣 (柴田白葉女) そろそろ衣替えをしなくちゃなと思った.
感想 〔深海のいろを選びぬ更衣〕(柴田白葉女) 夏が近づき気分も上がり、深海のような暗めの色 よりももっと明るいを色を着たくなる。 (編者)「明るいを」は「明るい」?
深海のいろを選びぬ更衣 (柴田白葉女) 明るい色が選ばれがちな、春から夏への衣替えの 時期に「深海のいろ」という、明るさとは無縁の色 に着替える所から、悲しみや苦しみ、恐怖といった 心情を想起させる.
「深海のいろを選びぬ更衣」(柴田白葉女) 暑くなってきたら涼しそうな色の洋服を着ること が多いなとこの句をよんで改めて思った。深海とい うのも夏だと感じる。
深海のいろを選びぬ更衣 (柴田白葉女) 最近は急に寒くなったりしたから衣更はまだしな くていいかな。服装を考える時、色までも考えなく てはいけないのでたいへんだ。深海は一年中同じ色 だから変える必要がなくてうらやましい。
更衣の俳句 深海のいろを選びぬ更衣 (柴田白葉女) 夏の色の明るく鮮やかな青と深海の暗く落ち着い た色の青の色の対比が表現されているように感じた。
深海のいろを選びぬ更衣 (柴田白葉女) 夏の更衣は深海みたいな暗く、濃いイメージなの で、それを選ばない更衣だという意味だと思う。 深海ではないなら、青い海や水色をイメージをし た明るい色がこれからの夏の景色と合わさっていて いる。
「深海のいろを選びぬ更衣」(柴田白葉女) ふつうなら爽やかな白などをえらぶけれど 深海の藍色をえらぶ、おしゃれを楽しむ 様子がかわいらしいと思った。
「しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る」(富安風生) からは、白黒のボーダーの服を着ている人々をしま うまと表現し、暑い夏が来たことを表していると感 じた。 (創作) 「風鈴が涼しい音色奏でだす」 風鈴の「チリンチリン」という音が、夏が来たこ とを知らせているのを表現した。
しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る(富安風生) この詩はどう考えても何が言いたいのかわからなっ た。夏になるとボーダー柄のTシャツを着ている人 が増えるから? 小学生の書いた詩だと思った。
・しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る(富安風生) 暑い場所にいるシマウマが日本の寒い冬を 乗り越えて夏をよろこぶ姿を想像してほほえ ましいと思った。「シャツ着て」というのは 何のことか分からず気になった。
しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る(富安風生) (かんそう) まず、「シマウマが跳ねる」という部分に楽しそ うで自分までが楽しくなった。また、「シマウマが シャツ着て」という部分が、不思議に感じた。
「しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る」という俳句 が印象に残りました しまうまというのは、服など でまだらに日焼けした子供のことではないかと予想 しました。
(詩)しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る (富安風生) (感想)シマウマがシャツを着ることはあり得ない 事なので、恐らくシマウマの模様をシャツに 例えて詠んだのだろうと推測できる。 シャツに衣替えすることで夏が来たと想像 することも容易であり、この詩は大変読みや すかった。
「しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る」について 逆にしまうまのようなシャツ(白と黒っぽい色のボ ーダ)を着てる人は多いな、と思いました。
「しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る」という富安 風生さんの俳句から、 シマウマがまるで美しいシャツを着ているようなお もしろい情景が読み取れる。 しまうまは夏の季語であるのか? (編者)「しまうま」は季語ではありません。季語は 「夏来る」(=立夏)です。
しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る(富安風生) なんか素敵などこかの企業のCMの様なイメージ が浮かびました。 しまうまってフレーズで灼熱の大地、緑の野原そ れに伴う青い空。夏だな〜と感じます。 山口では5月は多少肌寒い季節の様ですが私の地 元の石垣島ではもう梅雨入りの時期であり中高の制 服はがっつり半袖ブラウスのセーラーです。 うっとおしかった地元の蒸し暑さが少し恋しくなっ た詩でした。
「しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る」(富安風生) しまうまのしまもようを服に例えているのかと思っ た。おもしろい俳句だと思った。
「田水よく流れて村に夏が来し」(松本巨草) 夏に田んぼに水を張り、夏の生き物が多くなって いくという光景が想像できる。また、「流」という 字から「水が流れる」と「季節がながれる」という 意味がかけられているのではないのかと考えました。
田水よく流れて村に夏が来しの俳句は自分の家の 周りの風景に似ていると思った。 小さいころに田んぼに水をはった時めだかをつか まえにいっていたのを思いだす。
田水よく流れて村に夏が来し (松本巨草) 川から引いてる田水の水が大くなり、雨も多くなっ て、田も緑になっているのを見て夏が来たと解釈す るのか、田水の水が流れていって水がなくなってし まったのかよくわからなかった。 (編者)「大く」は「多く」?
田水よく流れて村に夏が来し (松本巨草) 今日、出した詩の中で最もイメージがしやすく、 鮮明に場面が思い出されるところが気に入った。ま た、米が水田で成長し、緑に茂っている様子が夏を 感じさせ、この季節にぴったりだと思った。
田水よく流れて村に夏が来し (松本巨草) 少年時代に帰りたくなるような詩 もうあの時には戻ることはできないというさみし さをかんじさせる。
田水よく流れて村に夏が来し (松本巨草) 私の地元は田舎なので、夏になると田んぼの横の 水路に水が流れて、田んぼにも水が張られます。な ので、田んぼの水の流れから夏を連想することには 共感できる所がありました。
田水よく流れて村に夏が来し (松本巨草) 谷水が入り水田になり、稲が青々としている風景 が思いうかぶ。
田水よく流れて村に夏が来し (松本巨草) 最近、図書館の前の草原や近くの山々の緑が青々 としてきて初夏を感じる季節となりました。この詩 も田に水を引いて、水田の苗と浅く入った水でキラ キラしているそんな風景が思い浮かびました。
田水よく流れて村に夏が来し (松本巨草) 私の地元は田舎なのでこの詩にはとても共感する ことができます
田水よく流れて村に夏が来し (松本巨草) 私の地元も田んぼがたくさんあって、水が入ると 夏が来たなーと思っていました。
. 夏に入る太平洋上プリン揺れ (竹下流彩) 夏っぽいなと思った。 プリンが食べたい。
夏に入る太平洋上プリン揺れ (竹下流彩) 夏の晴れた太平洋の上で船がプリンのように揺れ 浮かんでいるようすが思い浮かぶ。
「夏に入る太平洋上プリン揺れ」という詩は、なん だか可愛らしい情景が目に浮かび、とても微笑まし い気持ちになりました。でも、「太平洋上のプリン」 とはプリンのことを指すのかまた別のものの例えか わかりません
夏に入る太平洋上プリン揺れ (竹下流彩) 海開きたし人が入れるほど暖かくなった潮の流れ をうまく表現している. 私であればプリンではなくゼリーにして透明感を 出したと思う (編者)一応「海開きたし」と読み取りました。
夏に入る太平洋上プリン揺れ (竹下流彩) プリントに書いてあった詩で一番インパクトが強 く、意味がわからなかったから。 考えている内に、船の上でプリンを食べるところ を想像し、きもち悪くなったから。
夏に入る太平洋上プリン揺れ (竹下流彩) 夏に入ると航海に出ることで太平洋の海の波はプ リンを揺らすほどの波であるということ。
夏に入る太平洋上プリン揺れ (竹下流彩) プリン揺れという言い表し方がとても良いと思っ た。
夏に入る太平洋上プリン揺れ (竹下流彩) プリンという慣れた単語が入っているのが面白く 興味を持った.太平洋上は落ち着いたイメージがあっ たがこの詩のように揺れることもあるのを想像した。 またプリン以外にも面白い単語があるのかと調べて みたくなった。
夏に入る太平洋上プリン揺れ (竹下流彩) あまりのあつさで、太平洋上の島がゆがんで見え ている.ということであろう。 プリンという比喩を使っている点は面白いっと思っ た。
夏に入る太平洋上プリン揺れ (竹下流彩) 海水浴で多くの人が海に入り、海がにぎわって いる様子が思いうかぶ。
夏に入る太平洋上プリン揺れ (竹下流彩) 波の激しくなる時期にプリンが揺れ、太平洋も大 きく変動している。
夏来(きた)る白き乳房は神のもの(三橋鷹女) 夏になって日差しが強くなり人々が日焼けしてい る様子がうかがえる.
夏来る白き乳房は神のもの (三橋鷹女) 全く嫌らしくない神々しさを感じます。 下乳の陰で涼みたいです。 (編者)一応「下乳」と読み取りました。
夏来る白き乳房は神のもの (三橋鷹女) 年齢的にかなり刺激される詩だと思いました。
夏来る白き乳房は神のもの (三橋鷹女) 夏ならではの女性の露出の多さから見える、女性 としての神々しい神秘的なものを感じました。夏の 女性を感じさせる素晴らしい一句であると感じまし た。
夏来る白き乳房は神のもの (三橋鷹女) 夏といえば海!!そして女!! 夏が来ますねー。 おっぱい最高!! (編者)なかなか…!
夏来る白き乳房は神のもの (三橋鷹女) とても共感できました。夏になると露出が激しく なり海で多くの人が乳房を現わにします。それはま るで神が与えた果実のように神々しく輝き揺れてい ます。普段は堅い殻に包まれている彼女たちも、一 人がたわわになれば周りに合わせるように殻を破き たわわになります。とてもエキサイティングな光景 が脳裏に浮かんできます。いつも一緒にいるあの子 もクラスのマドンナのあの子も夏の魔物に狩られて 海で肌を大胆に出します。想像するだけで毎日を生 きる気力が養われます。白き乳房が待ちどおしいで す。まさに「夏来る」でしょう。 (編者)これもなかなか…!「現わに」は「露わに」 です。
夏来る白き乳房は神のもの (三橋鷹女) この詩は読むだけで情景がすぐイメージ出来る.
黒鯛(ちぬ)つりに虹たつ濤(なみ)の しづまれる (西島麦南) 小学生の頃父親によく釣りにつれていってもらっ て何回か釣ったことを見たことがあり、とてもなつ かしく思った。又、きたないところにもチヌはいる がキレイな外界のチヌはとても美味しかった。
黒鯛つりに虹たつ濤のしづまれる(西島麦南) この詩を読んで僕は黒鯛のゴマ醤油漬けを食べた くなった。
黒鯛つりに虹たつ濤のしづまれる(西島麦南) ちぬつりにいって波が岩とかにあって水しぶきが 太陽でてらされて虹みたいに見えているのだと思う.
黒鯛つりに虹たつ濤のしづまれる(西島麦南) ちぬが夏の季語なのを始めて知った。
「黒鯛つりに虹たつ濤のしづまれる」をみて五月に 入って暖かくなってきたので、釣りなどを介して色 々な生き物に出会いたいなと思いました。
黒鯛つりに虹たつ濤のしづまれる(西島麦南) 一度つりをしていた時チヌをかけたことがあり ます。次はあげたいですねー。
プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ(石田波郷) ↑ (「してしまった」の意味ですか?) 夏になって草木が全て緑に染まるのを見ると、夏 が来たなという実感がわきます.
プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ(石田波郷) 「夏は来ない」という解釈をしがちだが、ここでの 「ぬ」は過去の助動詞であるので「来た」という意 味になる。「風立ちぬ」も「風が立った」という意 味である. 学名:Platanue 上分分類:スズカケノキ科 (編者)三方に突き出た、特徴的なプラタナスの葉のイラスト略。
プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ(石田波郷) プラタナスの葉がきれいな緑色に染まり、夜になっ てもその緑色はかがやくように映えているのを見て、 夏が来たと感じていると考えた。
プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ(石田波郷) プラタナスの青々と生い茂る葉が、夏の濃い青 空をも連想させ、夏が来たことを教えてくれるのだ と感じた。
更衣駅白波となりにけり (綾部仁喜) 更衣を行なったことで、朝、通勤・通学で駅に集 まる学生やサラリーマンは、上着や制服を脱ぎ真っ 白いシャツを着ている。 忙しく駅中を行き交う人々の流れが、白波のよう に見えた詞。
更衣駅白波となりにけり (綾部仁喜) 感想 衣替えでなぜ駅が白波になるのかが分かりませ んでした。僕の想像としては夏は黒い衣服よりも白 い衣服を着る人が増えるからそう表現したと感じま した。
黒鯛食うて熟睡などなきごとくなり (岡井省二) ちぬがおいしそうだと思った。 チヌを食べると興奮して寝れなくなるのかなと思っ た。
黒鯛食うて熟睡などなきごとくなり (岡井省二) 黒鯛の美味しさに目が覚めた
鏡一つふやして夏を迎へけり (きくちつねこ) 心も体も開放的になる夏に向けて自分の容姿をで きる限り良くして最高の夏を過ごそうと準備してい ることが想起される。
・鏡一つふやして夏を迎へけり (きくちつねこ) 私はこの句を読んで思ったことは、夏になると 日差しが強くなり、日焼けしていないか、ぼうし をかぶっているのかを確認している姿が思い浮か んだ。
「黒鯛つりに虹たつ濤のしづまれる」という歌は黒 鯛を釣つりに行くと虹がでてきて波の音を聞き、い やされる歌であり黒鯛をつることは今日可能だろう という雰囲気を持ち合わせた歌だと思います。 今日釣りに行くのでひかれました。 「しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る」の歌は、し まうまが白と黒のシャツを着ているという表現は読 み取れますが、跳ねて夏が来るのはよくわからない ので教えて欲しいです。 ヨットの帆の形で進む向きが変わることなど知れ ないことを知るのがおもしろいです。
しまうまがシャツ着て跳ねて夏来るという句のし まうまとは何を表現しているのか疑問に思いました。 夏に入る太平洋上プリン揺れという句では太平洋 をプリンと表現する発想がおもしろいと感じました.
プラタナスがすずかけの木であることがわかり詩の 意味がわかった気がした。 田んぼに水が流れはじめるのが初夏であること. 知らせるものであるという詩はとてもよかった。 (編者)「〜あること.」は「〜あることを」?
”しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る”(富安風生) しまうまの白と黒の模様をシャツと例えているの が面白かった。 ”田水よく流れて村に夏が来し” (松本巨草) 田植えのために田んぼに水が張られると同時に夏 がやって来る感じが伝わってくる。
感想 黒鯛が食べたくなるような句だと思った。 三橋さんの句は男心をくすぐるような句でおもし ろい
感想 「夏来る白き乳房は神のものという俳句について、 共感できる点がたくさんありました。やはり白きおっ ぱいは正義であり、神だと思います.白きおっぱい のことを考えると幸せな気持ちになります.この幸 福感は世界共通のものであり、いずれ世の中に平和 を与える光になると思うので、三橋鷹女先生の作品 はもっと世界に知れ渡るべきであると強く主張しま す。 「夏に入る太平洋上プリン揺れ」という俳句につい て、この俳句の「プリン」とはおっぱいのことだと 思います。確かに、力が加わると形が崩れてしまう という考えもあると思いますが、それは揺れの瞬間 を一瞬一瞬カメラで連写するように見たときの話で す。学ぶべきは、揺れの一連の流れです。右に揺れ、 左に揺れ、もとに戻る。そう、まさにこれはプリン であります。 よって、おっぱいは人類に残された最大にして最 高、原点にして頂点の神である。 (編者)実になかなか…!
まだまだ寒い日が続いていますが、季語は夏の季 語に変わり始めていることに驚きました。
5/18 気温がすっかり夏になって、 温度もめちゃくちゃ高くて 部屋干しだと乾かないです…
「白鯨」は小学生の頃の漫画版となっていたもの を読んだきりなので、とても楽しみです。
捕鯨の歴史についてくわしく知ることができた。 白鯨 ピークォド号
鯨の話を聞けて良かったです。勉強になりました。
ほげいの話が興味深かったです
捕鯨の方法もいろいろあるのだなと思いました。 心臓が破けると血の潮を吹くことに驚きました。
捕鯨について色々知れたのでよかった。
てのひらに鉄棒の錆(さび)夏めく日(廣瀬直人) 夏の天気の良い日には、外に出て鉄棒を使って 運動したくなる経験があります。しかしどうして も手に錆がついてしまい、夏にはよく手から錆く さい臭いがしていたのを覚えています。
てのひらに鉄棒の錆夏めく日 (廣瀬直人) てのひらに鉄棒の錆がつくのが容易に想像でき、 よくついていたなあとなつかしく思った。 夏の日差しの中鉄棒を練習しているのを思い出 した。
「てのひらに鉄棒の錆夏めく日」(廣瀬直人) 夏になって外で遊んでいたことが多かった小学校 の時を思い出した。
てのひらに鉄棒の錆夏めく日 (廣瀬直人) よく公園で鉄棒をしたのを思い出しました.
[夏めく] 夏に子供達が外で鉄棒をしている光景を思い浮か ばせてくれます。手に錆が付くぐらい子どもたちが 夢中になって鉄棒をしているのだと思います。
てのひらに鉄棒の錆夏めく日 (廣瀬直人) 小学校低学年くらいの少年が、夏休みを利用して 逆上がりの練習を懸命にしている。練習による汗と、 暑さによる汗で手のひらには錆の色がにじんでいる。 何度も何度も練習するうちに錆の色が濃くなり、夏 の思い出も刻まれていく。
感想 「てのひらに鉄棒の錆夏めく日」という俳句か ら、私の小学生の時の思い出がふと頭をよぎりま した。私は運動があまり得意ではなかったので、 体育の授業で鉄棒の逆上がりができなかったのは 私を含めてごく少人数でした。それが悔しくて小 学3年生の初夏に放課後一人で逆上がりの練習を 続けていました。そして初めて逆上がりができた 時の達成感や、一つのことを成し遂げるために努 力することの大切さなどたくさんのことを学ぶこ とができました。この俳句はそんな素敵な思い出 を呼び醒ませてくれる素晴らしい俳句だと思いま した。
てのひらに鉄棒の錆夏めく日 (廣瀬直人) これを読んだだけで小学生や小さい頃の思い出が よみがえってくる。
てのひらに鉄棒の錆夏めく日 (廣瀬直人) ・感想 手の平に錆がつく事と、夏に何の関係があるの か分からない。ただ、確かに夏に鉄棒を握るとあ せで錆がつくので少しマニアックな表現なのかな と感じました。 (共感しにくい) 夏を自然物ではなく色々な考え・表現の仕方があ るんだなと思った。
てのひらに鉄棒の錆夏めく日 (廣瀬直人) 小学生であった頃、必死に鉄棒の練習をしていた ことが想い出される。手が鉄臭くなるのも今となっ てはとてもよい淡い思い出であり、夏のよい思い出 となっている.
てのひらに鉄棒の錆夏めく日 (廣瀬直人) 感想 少し暑くなって来た日に、逆上がりの練習を汗 をかきながら何回もやっていたら手に錆がついて しまった。
てのひらに鉄棒の錆夏めく日 (廣瀬直人) 鉄棒の錆が夏の二ざしで少しずつ溶けていく様子 であり、小学生の猛暑の中での鉄棒逆上りの特訓を 思い起こされる。
てのひらに鉄棒の錆夏めく日 (廣瀬直人) 自分も小学校の頃は鉄棒がんばってやってたなと 思いました。自分は体が重くて得意ではなかったけ れど空中逆上がりを初めてできたときは、とてもう れしかったです。
灯台も卯波も白き岬かな (山形定子) 卯波で波が荒れ、白波が立っているのと、灯台は 白というイメージが重なって、まるで風景は荒れて いるが、とても明るいイメージが伝わる。
灯台も卯波も白き岬かな (山形定子) 波が泡立つほどの強い風を感じました。 灯台も卯波も白き岬かな (山形定子) 灯台が潮の波で白くなっている様子だと思う。
夏といえば海を連想するので、灯台も卯波も白き 岬かなという言葉が夏っぽいと思った。 青と白が美しい海に行きたくなった。
灯台も卯波も白き岬かな (山形定子) 波がおしよせる岬で、あまりおだやかでない海が 白波をたてている様子と、そこから見える灯台も白 色をしているという句だが、あまりおもしろくない と思った。景色としてあまりおもしろくないし、趣 もない。
灯台も卯波も白き岬かな (山形定子) この時期の岬の様子を綺麗に表現している. 灯台と卯波のテンポが良く、白く岬の語感が良 いと感じた.
”灯台も卯波も白き岬かな” (山形定子) 四月に起こる波である卯波と灯が白い岬の様に何 かしらの目印であるかの様子が分かる。 (編者)卯波の元になった卯月は旧暦4月のことで、 現在でいえば5月に当たります。
灯台も卯波も白き岬かな という山形定子さんの俳句から 灯台のように卯波も白くて 美しい様子が読みとれる。
鮎焼く火瀬音涼しくなりしかな(古賀まり子) 川辺で釣ったばかりの鮎を焼いて食べている様子 が浮かびました。先日実習で川で獲ったカマツカや ナマズを食べました。そこまで美味しくはなかった です。
鮎焼く火瀬音涼しくなりしかな(古賀まり子) 気温も上がってきて蒸し暑くなってきましたが、 鮎を山奥のきれいな川の近くで焼いている様子が想 像できて、少し涼しい感じがします。
鮎焼く火瀬音涼しくなりしかな(古賀まり子) 昔、鮎の塩焼きを食べた時のことを思い出した. 鮎の頭はやわらかくてとても美味しかった印象 がある.
鮎は6〜8月が一番美味しい時期なのに、涼しく なるのはなんでなのか
鮎焼く火瀬音涼しくなりしかな(古賀まり子) 昔、鮎づかみをしたのを思い出して、夏感があ ると思ったし、思い出が思い出せたから。
鮎焼く火瀬音涼しくなりしかな(古賀まり子) 今回の排句の中で最も綺麗な作品だと思った。夏 の季語である「鮎」は初夏を思わせ、釣った鮎をく しざしにして川辺で塩焼きにしている様子が想像で きた。川辺にいる雰囲気を瀬音と表しているところ がとくに気に入った。 (編者)「俳句」です。
鮎焼く火瀬音涼しくなりしかな(古賀まり子) 暑い夏の昼に、涼しい川の清流(せせらぎ)音が 聞こえてきそうな詩。昔、川でとった鮎を塩焼きに して食べたのを思いだす。
鮎焼く火瀬音涼しくなりしかな(古賀まり子) 鮎を焼く時のパチパチとした音。 そして海の音が涼しげに 聞こえました
白牡丹ある夜の月に崩れけり (正岡子規) 白牡丹が月が見える夜に崩れるのが美しい、日本 人らしい感性だと思った。 しかし、白牡丹は本当に花のことだけだろうか、 気になる.
白牡丹ある夜の月に崩れけり (正岡子規) 月≒白牡丹のように思われた 崩れけり、という表現は何を表しているのだろ う.
白牡丹ある夜の月に崩れけり (正岡子規) 白牡丹と夜の月がよく似ていて牡丹の花も月と同 じで日ごとに欠けていってしまうということを表現 していると思う。
白牡丹ある夜の月に崩れけり(正岡子規)について 私はこの詩は、白牡丹という美しい花を愛した女 性に例えてある日の夜のうちに恋が終わってしまっ たことにより、恋というものは、白牡丹が咲くよう に一時的であり、一夜のうちに失うものである、と いうことを表した句のように感じました。 クジラ捕鯨の歴史は知らなかったのでおもしろ かったです。 白牡丹ある夜の月に崩れけり (正岡子規) 美しい白牡丹も命がいつかは尽きるという悲しさ がある.
白牡丹ある夜の月に崩れけり (正岡子規) … 牡丹は「崩れる」や「落ちる」が基本ですが、 与謝蕪村の「散る」表現が個人的に好きです。 夏のはかない雰囲気を感じられるような気がす るためです。 また正岡子規は夏の歌を多く見かけるような 気がします。気のせいでしょうか。 (編者)なかなか俳句に詳しいですね!
白牡丹ある夜の月に崩れけり (正岡子規) 夜にちょこっと一つある月が白い牡丹に見えるっ てもう華やかなのに奥ゆかしくて心がじーんとなり ました。正岡子規はすごい!!
ふところに川風あふれ夏浅し (村山古郷) ・最近暑くなってきて、先生の授業の時も教室が暑 いです。この俳句の「夏浅し」という言葉が、何故 だか涼しげに感じたので不思議です。
ふところに川風あふれ夏浅し (村山古郷) 小学校で川遊びしてころ思い出す。 (編者)「してころ」は「したころを」?
ふところに川風あふれ夏浅し (村山古郷) この詩にとても趣深いと感じた.自然にとても感動 させられているのが読みとれる. 自然のことをかいている詩にとてもきょうみがわい た
ふところに川風あふれ夏浅し (村山古郷) この句は川風が夏の暑さをやわらげてくれるとい う風に感じた.これから夏になり暑い日々が続くと 思うと嫌な気持ちになる.
ふところに川風あふれ夏浅し (村山古郷) 川風をあびて、夏のはじまりを予感させる句だと 思いました。
・「ふところに川風あふれ夏浅し」という俳句が印 象に残りました 川風という言葉が涼しげで良い なと思いました.
ふるさとはよし夕月と鮎の香と (桂信子) この排句を見るだけで夕月の静けさと鮎の青臭 いされど涼やかな香りが想像できる (編者)「俳句」です。
ふるさとはよし夕月と鮎の香と (桂信子) 作者のふるさとへの気持ちが伝わってくるような 句であるなと思った。また、ふるさとの情景や、雰 囲気がまじまじと見えてくるような、のどかな、ゆっ たりとした句であると思った。 自分のふるさとは町なので、ここ、吉見を第2の ふるさとだと思い、愛してゆきたいなと思う。
ふるさとはよし夕月と鮎の香と (桂信子) 鮎はあまり食べる機会はありませんが、沢を登る イメージがあり、夏の暑さをやわらげるような涼し げな風景が浮かびました。
いなかの夕月と鮎の香がただよってきそうなきが しました.
ふるさとはよし夕月と鮎の香と (桂信子) 月がきれいで鮎のおいしいふるさとが欲しいと思 いました。
「白玉や愛す人にも嘘ついて」(鈴木真砂女) すごく夏を感じる。夏になるとパフェを食べたく なるし、必ずといっていいほど白玉がのってるから。 白玉が食べたくなった。
「白玉や愛す人にも嘘ついて」(鈴木真砂女)この 俳句の白玉というワードの意味が自分にはよく分か りませんでした。 これは比ゆなのでしょうか? (編者)「ぜんざい」などに入っている、お餅のよう な「白玉団子」を略して「白玉」と言います。
白玉のようにまっしろなのに 嘘をつく表現がおもしろかった。
白玉や愛す人にも嘘ついてという句は何を表現し ているのかということが分かりませんでした.
「白玉や愛す人にも嘘ついて」を読んで、 小学校の頃、給食で出たフルーツポンチの白玉を昼 休み中、口の中に入れていて、友達に、「口に何入 れてるの」と聞かれたときに「何も入れてないよ」 と嘘をついた自体を思い出した。
珊瑚礁卯波ちりちりばらばらに(阿波野青畝) 夏の青くきれいな海の中に、波に打たれてきら きらと輝く珊瑚礁や卯波のようすが鮮明にイメー ジできる。
珊瑚礁卯波ちりちりばらばらに(阿波野青畝) 私は水族館でしか珊瑚を見たことがないが、 「くだける波」にさらわれるサンゴはさぞ美 しいのだろうと思う
「てのひらに鉄棒の錆(さび)夏めく日」 からは、夏休み中に鉄棒の坂周りができるよう に努力している子どもの様子が想像できる。 「珊瑚礁卯波ちりちりばらばらに」 からは、卯波が珊瑚礁に当たったことで、まとまっ ていた波がバラバラに別れてしまっている場面が思 い浮かぶ。
・「白玉や愛す人にも嘘ついて」という俳句から白 玉を食べる人は純粋な心を持った人間であると感じ、 子供などに嘘をついて騙す行為であり、詠んだ人は いじわるな人だと思った。 「鮎焼く火瀬音涼しくなりしかな」という俳句から、 鮎を食べる季節から、涼しくなってきたと感じるの で早く鮎を食べる季節になって欲しいと思った。
夏を向かえ、句の鮎を夕月や焼いた音とともに香 りを味わうところに風流を感じた
もうすぐ夏が来るんだなあと、すがすがしい気持 ちになりましたが、今は蒸し暑いです.
もうすぐ海月も出始めるので海に入る時には気を つけていきます。
昔の映画を見ることができてよかったです。おも しろかったです。
映画おもしろかったです.
ほげいのおそろしさを知った。きっと今ではそん なに命がけってほどではないと思うけど…。鯨より サメの方が強い気がする。
昔の捕鯨は命がけで危なかったんだと思った。 意味が分からないところもあったけどおもしろかっ た。
白鯨の映画は続きが気になってしまった。
映画を見て学習した。とても興味がわいた。
新鮮な鯨肉って本当においしいんですよね。馬肉 みたいにねっとりとした脂があって、それでいてし つこくない。また食べたくなってきました。 (編者)私も!
水海月 海の中では宇宙人 海水浴などで見たときに、海の中で見ると透明で かわいく見えたから.
夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋 (脇村禎徳) 秋の夕暮れに麦畑で遊んでいる子どもの姿が連想 させられるような俳句であると感じた。麦畑を走り 回る子どもは、自由で無邪気であり、見ていて、と ても気持ちの良いものであると感じる。
「夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋」で昔のことを思い 出した。小学生の頃、学校から帰ってきて、夕方ま で遊んでいたのを思い出して、なつかしく感じた。
夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋 (脇村禎徳) 秋のすずしい夕方に麦畑で遊んでいる子どもの姿 が浮かんでくる作品
夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋 (脇村禎徳) 夕べになっても子どもが遊べるほど日が落ちるの がおそくなって、夏を感じました。
〜夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋 (脇村禎徳)〜 麦が生えている間は子どもが遊べるくらい夕方は 明るいというのが伝わってきます。また麦の中で子 供達が遊んでいるのかもしれない描写が想像できま す。
感想 「夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋」という俳句は、 情景が頭の中でパッと浮かび上がってくるとても 綺麗な俳句だと思いました。日が長くなったにも 関わらず、日が暮れるまで活発に遊ぶ子どもたち の姿から、フレッシュさや、幼い頃の記憶が呼び 起こされる感覚をおぼえました。また、「麦の秋」 という季語に”秋”という語が入っているのに夏の 季語ということを知り驚きました。なんで”秋”が 入っているのに夏の季語なのか非常に気になった ので、家に帰って調べてみようと思いました。 (編者)「秋」は「実り」「成熟」を意味していま す。麦は初夏に実るからです。
夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋を読んで、友達と日 が暮れる前まで外で遊んでいた小学校のときの自分 を思い出した。
夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋 (脇村禎徳) <感想> 麦の秋というのが実際は麦が実っていて葉が茶色に なっているのを秋と見たてて表したものだなと分かっ た。「夕べまだ遊ぶ」という部分と「麦の秋」は対 比を表している気がします。他の詩に比べ一番描写 が想像しやすい詩でした。
夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋 (脇村禎徳) 感想 この俳句は日が長く子どもが遊べるぐらいとい うことで、夏の終わりに読んだのかなと感じた。
夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋 (脇村禎徳) 日がながくなって、夜おそくなってもまた子ども の遊ぶ声が聞こえてくるという詞だろう。詩的表現 にするとなかなかおもむき深いが現実はうるさくて たまったもんじゃない。
夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋 (脇村禎徳) 感想 この時期になると陽が落ちるのが遅くなって、 子ども達が陽が落ちるギリギリまでずっと遊んで いて、夏が近づいてきていると感じる。
夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋 (脇村禎徳) 日の暮れる時間が遅くなってきて、遊ぶ時間が増 えたので日が暮れるまで躍起になって遊ぶ子ども 達の様子が分かる。
教科書を窓際におき麦の秋 (桂信子) 夏も過ぎ秋を感じられる俳句ですね。私が通って いた高校がすごく田舎にあって、植わっているのは 麦ではなく米でしたが、高校の窓から見える景色を 思い出しました。
教科書を窓際におき麦の秋 (桂信子) 高校の時の夕がたを思い出しました。
教科書を窓際におき麦の秋 (桂信子) ・生徒時代を思い浮かべて、哀愁が漂いました.
教科書を窓際におき麦の秋 (桂信子) 教科書を窓際におくと窓の方から麦のにおいがし てくる秋の季節を表していると思う。
教科書を窓際におき麦の秋 (桂信子) 麦が1番魅力的に見えるのは、風に吹かれてい るときだと思う
教科書を窓際におき麦の秋 (桂信子) 教室の窓から見る外の様子は、何もなくて寂しい けれど教科書に載っている麦の写真を窓際に置くこ とで麦の秋を楽しんでいるように思わせてくれる俳 句です。 麦の秋というものを私も楽しみたいです。
「教科書を窓際におき麦の秋」から勉強する気力を なくしている感じがする。 5月病なのかなと思った。
教科書を窓際におき麦の秋 (桂信子) 読んだだけで情景が思い浮かびなつかしい感じが する.
教科書を窓際におき麦の秋 (桂信子) 麦の美しい景色が浮かんで良い詩だと思った。
教科書を窓際におき麦の秋 (桂信子) 授業中に見た外の景色の美しさに感動したんだと 思う。 つかれが出る夕方の授業で、夕焼けの窓に金色の 小麦畑が映えていたんだと思う。
教科書を窓際におき麦の秋 (桂信子) 夏休みの始まりかな? 多分夏休みだから教科書なんて目もくれずに遊び たい気持ちが伝わってくる。
月の色して舷(ふなばた)に蹤(つ)く海月 (岡本差知子) 月が明るく晴れた夜に、波の音だけが聞こえる 静かな舷に、月に照らされて白く輝く海月がいる 様子がおだやかできれいだと思った。
月の色して舷に蹤く海月 (岡本差知子) 海に浮かんでいるくらげを、空に浮かぶ月にたと えてその美しさを表現している詩だと考えます。夏 に海に行くと浮かんでいるくらげは、確かに月のよ うできれいだと思います。
俳句 月の色して舷に蹤く海月 (岡本差知子) 月が美しい夜の海の舷に月の光を受けた海月が浮 いている様子が浮かんできた。
月の色して舷に蹤く海月 (岡本差知子) クラゲ夜、光るのを月の色に例えていて、良いな と思った
月の色して舷に蹤く海月 (岡本差知子) クラゲを月の色にたとえて、透明感を感じました。
「月の色して舷に蹤く海月」(岡本差知子) まず思ったことは月の色の海月とはどういった海 月なのだろうか、いるのなら見てみたいなというこ とです。 海月と月を出すことによってなんだかきれいで、 幻想的な雰囲気が出てくるなと感じました。
月の色して舷に蹤く海月 (岡本差知子) くらげのことを水母と書くのは初めて知った。 月の色と水母の色が確かに似ていておもしろかっ た。
月の色して舷に蹤く海月 (岡本差知子) 透明な海月に月の色が重なって舷に蹤く姿って 想像しただけで幻想的でとても美しく感じたので この句を選びました。 あと、船端ってふなべりとふなばたどちらも読 み方があるのですが、どちらも同じ意味なのです かね? ちょっと疑門に思ったので選んでみました。 (編者)「疑問」です。「ふなべり」と「ふなばた」 は同じ意味です。「げん」とも言います。
夏雲の奥なほ蒼(あお)き氷河立つ(澤田緑生) 氷河が夏の季語とは知らなかった。 夏の真っ白な雲のむこうに氷河が見えるのはど のような感じだろうか.みてみたい.
夏雲の奥なほ蒼き氷河立つ (澤田緑生) 夏雲と青空を氷河に合わせて、夏が暑いが氷河と いう言葉によって涼しくかんじる。
夏雲の奥なほ蒼き氷河立つ (澤田緑生) 夏雲で夏の暑さが感じられるが氷河によってそれ 以上の涼しさを感じるような句でおもしろい。 また、氷河は夏雲の奥にあるのになぜか氷河の存 在が大きく感じられるのもおもしろい。
・夏雲の奥なほ蒼き氷河立つ (澤田緑生) 夏のとても大きく白い雲のところに見える 蒼く壮大な氷河がイメージされた。夏のむし 暑さの中で見える涼しい光景が思い浮かび雰 囲気がとてもいい句だと思った。
夏雲の奥なほ蒼き氷河立つ (澤田緑生) 夏がやってきても氷河はそこに存在し、夏の太陽 の光をあびて、より一掃氷河の青さが惹き立ってい る様子を表していると考えた。 氷河を蒼いと表現していることはとても詩的で特 に好きな表現である。 (編者)「より一層」です。「惹き立つ」は(詩的で はありませんが)「引き立つ」が一般的だと思います。
「一枚の空一枚の麦の秋」(小嶋花枝) 一面に広がるオレンジ色の麦畑がまるで夕焼けの 空を彷彿させるものであるのだと感じられました。 また、空一枚という表現からその景色が一枚の「芸 術」でもあるというように解釈しました。
「一枚の空一枚の麦の秋」という俳句が印象に残り ました。広大な空と麦畑の情景が浮かびました。
一枚の空一枚の麦の秋 (小嶋花枝) 一面が麦畑で、見えるものが、麦畑と空だけの感 じがした。いい俳句だと思った。
一枚の空一枚の麦の秋 (小嶋花枝) 青一色のイメージがある空が、一面麦の秋のよ うに色づいてきていることが想像できた。夕やけ で綺麗な空の表現が良いと思った.
一枚の空一枚の麦の秋 (小嶋花枝) 見渡す限り辺り一面麦が広がっており、空と麦畑 としか目に入らないような情景が思い浮かぶ。 写真のように切り取られた一つの場面であり、そ れをどのようにして撮ったのかなど想像が膨らむ
美少女を包み攫(さら)ひし大海月(中山玲子) … 非現実的で幻想的な情景を思い浮かべる歌 だと思いました。 水母と書いてくらげと読むのは初めて知りました。
美少女を包み攫ひし大海月の詩より、「崖の上の ポニョ」のワンシーンを連想した。 宮崎駿監督はこの詩を参考にしたのだろうか。
白鯨のクィークェグのサインの*がかわいかった 「美少女を包み攫ひし大海月」でポニョを思い出し た. (編者)「*」は原文ではマッコウクジラの小さなイ ラストです。
美少女を包み攫(さら)ひし大海月という岡本差 知子さんの俳句から、くらげの構造がまるで美少女 を包み込んでいるかのようになっていることが分か る。 海月は見ている分にはきれいなものであるが、刺 されるとおそろしいものである。 (編者)句の作者は中山玲子先生です。
いづくへか月落ち氷河星の中 (岡田日郎) 太陽も月も沈み、真っ暗な空が広がる中、数々の 星々が輝いている。そしてふと視線を下げると、水 平線上に青白い氷河が浮かんでいる。 星の光に照らされた氷河もまた、一つの星のよう な存在感を放つ。
(編者)「いづくへか月落ち氷河星の中」(岡田日郎)を書き間違えて いづくへか月落ち氷河暑の中 朝は暑いけど日が沈むと寒くなる。砂漠と似た感 じだ。
薔薇(ばら)に読む船に始まる物語(橋本風車) バラは1つ1つ色などで花言葉が違うので、1つ 1つに物語があるように思えた。
「薔薇に読む船に始まる物語」(橋本風車) 船に興味があることから、船という文字に目が止 まった。だから、この俳句を選んだ。
薔薇に読む船に始まる物語 (橋本風車) よく意味がわからなかったけれど、「船」があっ て気に入ったから。
麦秋の握手は磁気を帯びている (椎名ラビ) この句を読んで感じたことは、秋や冬になると、 静電気でシビれることが多いことを思い出した。
”麦秋の握手は磁気を帯びている” (椎名ラビ) 夏の暑さが磁気と重なりあって、夏独特のパワ フルさが伝わってくる.
小満や箭竹篠竹(やだけしのだけ)生えしめて (星野麥丘人) 箭竹篠竹(やだけしのだけ)が生えている途中を 表しているのがおもしろい。
(3つ目)最近、春と夏のさかい目がわからない年 が多いと思った (編者)「3つ目」というのは「夕べまだ子どもの遊 ぶ麦の秋」(脇村禎徳)のことでしょうか?
夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋 (脇村禎徳) 夏は日が暮れる時間が遅いので少し遅い時間でも 子供がまだ遊んでいる様子を想像しました。 麦の秋・氷河が夏の季語ということをはじめて知 りました。
「夕べまだ子どもの遊ぶ麦の秋」という詠からは日 が長くなり時間も忘れて遊ぶ子どもの様子が生き生 きと描かれていると感じました。 「美少女を包み攫ひし大海月」という詠からは海月 の触手が海に広がる様子を長髪が水で広がる様子に たとえたものかと思いました。
「教科書を窓際におき麦の秋」という俳句を詠んで 一面にわたるオレンジ色をした小麦を見て、みとれ てしまっているなと感じぜひ見て見たいと思いまし た。 「美少女を包み攫ひし大海月」という俳句を詠んで 美少女がきれいな海月にみとれて攫われてしまった と読み取り、自分も水族館で海月を見たいと思わさ れました。どんな海月なのかすごく気になりました。
麦のこうばしいにおいが広がるような歌だった
麦は初夏の季語であるにも関わらず、麦の秋と表 現するのはなぜなのかと思いました。
特にないです.
くじらの映画がおもしろかったです
捕鯨の映像は迫力がありました。
竜涎香は、アンバーグリスともいわれ、クジラが 消化器官で消化できないもの(イカのくちばし等) が固まって結石となって体外に排出されたものです。 油なので水に浮いて、波で削られて丸くなります。 死んだクジラの体内には大型の竜涎香が眠っている ことがあります。ちなみに、買取価格は1gあたり日 本円で1,700〜2,000円程度です。
今ほど技術のない昔は人々がしっかり工夫をして 生活していたことがわかった.昔の人の方が頭が良 かったかもしれない.
昔の人々は今ほど技術等が多くなかったのに長い 航海などを様々な工夫をして成功させていることが とてもすばらしいと思った。現在の最先端の道具も 元をたとれば昔の人々が木などで作った物であるの で、昔の人々の物づくりの技術と発そう力にはおど ろかされる。 (編者)「たとれば」は「たどれば」ですね?
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) もう6月になると日の出が本当に早い. 海から出てくる日はキレイなのだろう. もう夏がくるのだと思わせられる.
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) ここは朝目覚めても日本海しか見えませんが、朝 起きて海を見るという点では僕も経験をしているの で、親近感がわきました。また、六月になると、だ んだんと日が昇るのが早くなり、家の正面が海だと その太陽光をさえぎるものがないのでだんだんと早 起きになっていくのが共感できました。
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) 六月は夏への入り口で冬、春から徐々に日が昇る のが早くなってるのがすごく分かる季節だ。太平洋 が明るく照らされて早起きすると同時に私も早起き 出来るようになりたい.
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) 六月、日の出も早くなりいつもより早起きするこ とが多くなるということが感じとることが出来た。
「六月の太平洋と早起きす」(矢島渚男) 今日で六月ということもあり、これを選んだ.太 平洋を想像した。
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) とてもおもむき深い詩だと感じた。六月という のはとても落ちついていて、何か感じさせるもの がある季節で、とてもいいと思った
六月の太平洋と早起きす という矢島渚男さんの俳句から 六月になり、太平洋の上で釣りをしているのかも しれない。六月は釣りなどの漁に適した月なのかも しれない。
・六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) 6/21は夏至なので、日が長い。ということは、 日が昇る時間が早いということだろう。 力強い日ざしが水平線から出てくる情景が思い浮 かぶ。
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) 日の出の早い6月は自分たちも朝練などで早く起 きるので、太平洋(日本海)と日の出と同じくらい だろうと思います。
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) 6月になって日が登る時間が早くなってきたと感 じている
・六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) <感想> 今回の詩の中で一番情景が思い浮かびました。 夏が近くなり、太陽が海面からでてくるのが早く なり、それによって目覚める時間も早くなっている ことが読みとれる。この詩を詠う人は太陽の光で普 段、起きていることも分かる。
〜六月の太平洋と早起きす (矢島渚男)〜 六月にもなると太陽が昇るのが早いのでそれと同 時に起きると早起きできるという意味だと思います。 私は秋田県出身なのですが山口県は5月でも5時半 くらいには完全に明るくなっているのでとても驚き ました。
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) 六月中旬の夏至へ向かって日の出がどんどん早く なっている。太平洋の海原が朝日を浴びて輝き出す ように、作者も一年で最も早い日の出のまぶしさに 目を覚ましてしまう。
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) … 夏至が六月だから朝が早いということでしょ うか.太平洋から太陽が昇る情景を太平洋と起 きると表現しているのがなるほどと納得しまし た.
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) 長崎出身なので一度は太平洋から昇る朝日を見て みたいです。
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) 六月が始まり夏が来たようなきがする。
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) 六月の太平洋では太陽が昇るのが早いので早起き してしまうことだと思う。
六月の太平洋と早起きす (矢島渚男) 今早起きしている船と同じなのでとても近く感じる.
どの国の時計に似たる時計草 (後藤比奈夫) 時計草は見た目がおもしろいので好きです。
時計草という草を初めて知った。本当に時計の様 だが色が毒々しいと思った。いつか見てみたい。
どの国の時計に似たる時計草 (後藤比奈夫) 「時計みたい」な花だとなんとなく思っていたが、 考えてみると日本にはあまりなさそうな色や形であ ることに気づいた。名前の先入観の影響力の強さに 驚いた。
どの国の時計に似たる時計草 (後藤比奈夫) 時計は正直どこの国も同じ形をしているのを、 あたかも時計草を参考に、または偶然一緒になった といのも冗談ぽくよんでいるのがいいです。 (編者)「いのも」は「いうのも」?
「どの国の時計に似たる時計草」という詩からはど こからともなく時計のチクタク音が聞こえるような 気がして楽しい感じの詩でした。
どの国の時計に似たる時計草 (後藤比奈夫) この俳句から考えさせられるものがありました。
確かに時計草に似た時計は見たことがなかったで す
どの国の時計に似たる時計草 (後藤比奈夫) 時計草が本当に時計に似ていておどろいた。 「時計」と名付けた人はとてもセンスがあると思っ た。
長崎の旧街道の葛饅頭 (有馬朗人) 出身が長崎県で何回か見たことはあるけど、食べ たことはないと思うから、今度帰省したら、食べた いと思った.
「長崎の旧街道の葛饅頭」(有馬朗人) 私は葛饅頭がどのようなものか気になった.い つか長崎に行くことがあれば、一度は食べて見た いなぁと思いました。 (編者)葛饅頭は、この時期和菓子屋さんに行けばど こでも売っていると思います。
長崎の旧街道の葛饅頭 (有馬朗人) 海外の風情が漂う長崎の街で日本の食べ物がある ことで和洋混在が際立っている印象。
長崎の旧街道の葛饅頭 (有馬朗人) 葛饅頭は味がしつこくないので、夏に食べるイメ ージが強く、透明な皮はしずくのようで、見ている だけでもすずしくなるような気がします。
長崎の旧街道の葛饅頭 (有馬朗人) 周りの部分が透明でなかにきれいな色をしたあん こがはいっている葛饅頭が大好きです。 つめたい緑茶と一緒に食べるとおいしいです。 ピンク色をした桜あんもおすすめです。
長崎の旧街道の葛饅頭 (有馬朗人) 私は長崎出身ですが、長崎の旧街道というのはと ても趣があり、やはり和菓子がよく合うイメージが あり、とても心を落ちつけることができます。作者 が長崎の人であれば、葛饅頭を旧街道で買うことに より、長崎にもそういう場所ものがあるということ を自慢しているように感じました。 麻糸とは何か、よくわかりませんでした。 (編者)麻糸についてはいずれ説明します。
長崎の旧街道の葛饅頭 (有馬朗人) 葛饅頭がおいしそうで、食べたいと思いました。 長崎の昔のきれいな町の景色が浮かんできてまた行 きたいです。
くずまんじゅうおいしそうでした。
あんずあまさうなひとはねむさうな(室生犀星) この句を読んで思ったことは、五七五の形にとら われずに書いていることだ。しかし、独特のリズム があり読んでいて楽しくなった。また、ひらがなで 書くことによって「あまそう」や「ねむそう」が伝 わってくる感じがした。
「あんずあまさうなひとはねむさうな」とはどのよ うなことを意味しているのか疑問に思いました。
杏子の俳句 あんずあまさうなひとはねむさうな(室生犀星) 甘そうに実っている杏子と眠たそうな人が、6 月頃ののどかな日常生活を表現しているように感 じた。
あんずあまさうなひとはねむさうな(室生犀星) 杏子って漢字が昔から凄く好きなのでこの句を選 びました。あと、勝手な解釈は杏子を甘そうに食べ る人は眠そうって事だと思ったのですが、 彼氏が杏子を頬張る彼女、 親が 〃 子供、 を見て書いた詩のような情景が浮かんだのですごく なごみました。愛を感じます。
あんずあまさうなひとはねむさうな(室生犀星) 風景が浮かんだが、特に意味のなさそうな句だと 思った。
あんずあまさうなひとはねむさうな(室生犀星) よく、疲れている人は食べ物の甘みを感じやすい と言われるので、この詩を読んで疲れがたまってい る人が連想された。あんずを食べて、甘さを多く感 じているということは、疲れがたまっているのでそ れを「ねむそう」と間接的に表現したところが好き である。
ジューンブライド小(ち)さきチャペルの 扉(と)が開いて (長島和子) 6月は梅雨でじめじめしてあまり好きではないけ れど、結婚する人が多い、良い月だなと思った。ジュ ーンブライドのところが文字数を起えているけれど 文字数はあまり関係ない? (編者)「超えて」または「越えて」です。
ジューンブライド小さきチャペルの扉が開いて (長島和子) 6月の花嫁は幸せになれるといわれて6月に結婚 式をあげたがる女性は多いようですが、実際は梅雨 の時期の結婚式は人気がなかったから会社の策略で ジューンブライドなどというものがいわれるように なったそうです。 ジトジトしてうっとおしい梅雨ですが、 このように嬉ばれる6月というのも悪くないなと思 います。
ジューンブライド小さきチャペルの扉が開いて (長島和子) 友達がもうすぐ式をあげるそうです。 二次会は参加するのでたのしみです。
ジューンブライド小さきチャペルの扉が開いて (長島和子) 6月は、結婚式のシーズンであり、また新たなカッ プルが結ばれることは喜ぶべきことである。盛大で はないけれど慎ましく粛々と親しい友人などを招待 して行われるような結婚式が目に浮かぶ これから の夢と希望に満ち溢れた、華やかな雰囲気が伝わっ てくる。
・「川が匂ひて六月の日暮れかな」(小川匠太郎) という俳句が印象に残りました。六月の梅雨の時期 の雨の匂いが想像出来ました。
「川が匂ひて六月の日暮れかな」という俳句から少 しずつ気温が上がっている様子がうかがえる。
川が匂ひて六月の日暮れかな (小川匠太郎) 6月の夕暮れの涼しげな川の匂いが伝わってくる ような作品
川が匂ひて六月の日暮れかな (小川匠太郎) 六月の梅雨の時期になると、景色や風の匂いが 少しずつ変化していくように、この句の作者も身 近な川の匂いから梅雨の訪れを感じているのだと 思った。
川が匂ひて六月の日暮れかなを読んで、川で釣り をしている釣り人が日が暮れてきたので、釣った魚 をかかげてもってかえっている情景が思い浮んだ。
麦星や灯を消してある余呉(よご)の駅 (茨木和生) 感想 余呉のいう所は、琵琶湖のほとりにある所で近 くには余呉湖という湖もあります。都会からはだ いぶはなれていて、田舎なので、梅雨の雨の降っ た後の空気のすんだ夜は、星が一段とキレイに見 えるでしょう。
鰭(ひれ)焦げて岩魚しづめり岩魚酒(水原秋櫻子) お酒がのみたくなりました。
汐よしとうなづきて出(い)づいさき船 (松崎鉄之介) 感想 季節によって獲れる魚も変わるので、魚は季節 を感じさせてくれる生物だと思います。
「どの国の時計に似たる時計草」(後藤比奈夫) からは、時計草の美しさを様々な国のどの時計で表 現できるだろうかと考える筆者の思いが伝わってく る 「川が匂ひて六月の日暮れかな」(小川匠太郎) からは、川の匂いをかいで思いふけっている筆者の 様子が思い浮かぶ。
感想 「どの国の時計に似たる時計草」(後藤比奈夫) という俳句から、初めて「時計草」という植物を 知りました。調べてみると、なるほど確かに外国 のオシャレな時計のようで面白かったです。 今回の俳句はよく意味が読みとることができな いものが多くありました.「ジューンブライド小 さきチャペルの扉が開いて」に到ってはもう俳句 なのかすら怪しく思えます。また「あんずあまさ う(そう)な人はねむさう(そう)な」という俳 句はもう全くわかりませんでした。俳句の世界は 難しいと思いました。
「どの国の時計に似たる時計草」は時計草というお しべが長針、短針、秒針の3つに分かれており、時 計のような花が存在していることを初めて知りまし た。長針、短針、秒針はどの国でも共通でありどの 時計も同じに見えるという気持ちを詠んだのではな いかと思いました。 「あんずあまさうな人はねむさうな」の歌がどうい う区切りで詠むのかとても気になりました。
6月は、梅雨で雨ばかりで、空はどんよりですが、 6月の季語を使った詞は、明るいのがいいと思いま した。
岩魚が六月の季語であることが知れてよかった (編者)六月というより夏の季語です。
くじらの話が印象的でした. (編者)ちゃんと聴いてくれてありがとう!
ありがとうございました。
「白鯨」の小説としての特徴がたくさんあって、有 名なすごいものだとわかりました。
授業理解できた。 (編者)途中ちょっと話が混乱してしまったけど、 ちゃんと聴いてくれてありがとう!
じめじめと梅雨前線到来だ 梅雨はじめじめしていて生活していてとても嫌な 気分になるという思いを俳句で書きました。
梅雨に入(い)る気持ち両生類になる (平千枝子) この俳句の作者は両生類の中でも特にカエルのこ とを指しているのではないかと考えました。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 梅雨になってじめじめした気候になると、私は ただ不快な気分になるだけだったが、この作者は水 の好きな両生類のような気持ちになれるのでポジティ ブでいいなと思った。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 最近じめじめして梅雨に入ったなぁと感じる。こ この両生類というのはカエルのことだろう.まわり でたくさんのカエルの声がきこえる.自分もその中 に入っているくらいきこえると、水の中にでもいる かのように感じる.
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 梅雨入りするとカエルの数が増えて田んぼや畑か ら鳴き声がきこえ始める。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 梅雨はじめじめとした過ごしにくい季節のイメー ジが強いですが、生き物が活気づく季節でもありま す。道にはねるアマガエルを見て、梅雨が来たこと を改めて実感する。田舎出身の私にはとても懐かし く思えます。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 感想 両生類の気持ちが分かる程、湿度が高いと いうことではないか。とても共感した。
「梅雨に入る気持ち両生類になる」(平千枝子) ・今の時期はちょうど梅雨であることから、この俳 句を選んだ。雨が水の中にいる両生類のような気持 ちになると共感できる。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) この詩はとてもおもむきがあると思った。 梅雨というのは毎日が雨で気持ちが上がらないこ とが多いが、こういったおもしろい表現をすること で少し気持ちにも変化が表れると思った
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) まず思ったのは、きちんと5・7・5になっていな いのに、リズムは止まることなく、すっと読めるよ うになっていて、この句を作った人はすごく上手に 読む人なんだなと思ったことです。 梅雨から両生類を繋げることも面白いなと感じま した.
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 感想 「梅雨に入る気持ち両生類になる」の句は今日の ような日に思うことを的確に表しているなと思い ました。梅雨は湿度が高くなって、ジメジメと蒸 し暑く、動いていなくても全身にじっとりと汗を かいてしまって、カエルやイモリのように体が湿っ てしまうことから、体だけでなく心までも両生類 になったようでついついボーっとしてしまいます。 ですので、やはり水産大学校は湿気が多くなる6 月からエアコンを起動させるべきだと強く主張し ます。 (編者)「蒸し暑すぎ」と述べる、頭がカエルの筋肉 マンのイラスト略。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 梅雨になり、雨の日がつづくと、外の物は水に濡 れ、うるおっている。その様子はまるで粘液で光沢 を帯びた両生類のようである。また、作者は雨の日 が好きであり、降り続く雨に喜ぶ両生類の気持ちと 重なる想いがある。
「梅雨に入る気持ち両生類になる」から両生類は梅 雨を好む習性があるのに対し、自分自身は梅雨にな るとゆううつな気分のなるので反対だと思った。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 私はこの句を詠み、梅雨に入ると太陽が出なくな り、見なれないアマガエルなどを見ることができる。 梅雨が続くにつれ、自分自身雨の中で生活している ように思えてきて、気持ちの中で両生類になってい ると思う.自分も雨が続くにつれて雨に慣れると両 生類の気持ちになるような気がするので選びました。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 梅雨に入ると、陸の上でも雨が降っているので両生 類の気持ちになれるということ。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 梅雨は人間にはとうてい適応しきれない環境だと 思う.
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 今、梅雨入りしてジメジメむしむしして気分がさ がっているので、両生類というか、カエルになって 水たまりをピョンピョンしていたいです。 あと、田んぼで泣いているカエルの声をBGMに して、ねむりにつきたいです. (編者)音符を2つ飛ばす、口を大きく開けたカエル のイラスト略。
「梅雨に入る気持ち両生類になる」の感想 雨の多さを”両生類”によって表しているのがお もしろい。確かに、今日のようなジメジメした日 を過ごすと、両生類の気持ちがわかったような気 になる。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 表現が独特で面白い.この季節に合っている
「梅雨に入る気持ち両生類になる」 について、 両生類とは主にかえるのことかなと思いました。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 梅雨で毎日のように雨がふり湿っていて人間も両 生類のような気持ちになってしまう.
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 最近湿度が高い日が続くようになりかなりむしあ つく、ベタべタしていてまさに両生類のように私た ち自身も汗ばんでしまう.とてもタイミングがいい 詩だった。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) この時期特有のジメジメとした感じを上手く表現 している.湿度が多く両生類のような適応している 動物になってみたいと思った.
梅雨に入る気持ち両生類になるを読んで 私も両生類みたいに、あついときは水中で、さむ いときは陸で生きられるようになりたいと思った。 (笑) 現在あつくて死にそうです。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 梅雨に入ると、じめじめして、雨も多くなるので、 水と陸で生活する両生類のような気持ちになるのは なんとなくわかる気がする。
裏面にも書きました。 (裏面) 梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 雨が多くなって水の中にいるカエルなどの両生類 みたいな気持ちになるのかなと面白く感じた。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 蒸し暑い梅雨に入ることで気持ちがダルくなって いく様子を表す
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 梅雨に入り、体が急にだるく重くなり、自身の体 が自分のものではないような感覚に襲われる.その ような気持ちが明確に、はっきりとあらわれている. 両生類といえばいつも湿っているような、じめじめ していてあまり元気そうなようには見えない、その ような所に、共感した.
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 感想 梅雨に入ると雨の日が多くなり、カエルなどの 両生類が元気よくなり、何か自分の同じような気 分になる. (編者)「自分の」は「自分も」?
”梅雨に入る気持ち両生類になる” (平千枝子) 梅雨になることによって雨が続き、乾いた時と、 濡れた時の両方を両生類という言葉によって表現さ れている。
梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 今回の詩は、実際に私が感じた感性と同じように 感じられたので選びました。梅雨に入ったこの季節 はじめっとしていて嫌な気分になることがあります。 しかし、梅雨の時期に見られるカエルやかたつむり が雨をあびているときに嬉しそうにしていると思う ことがあります。そして、私の気持ちもうれしくな るのです。
鮴(ごり)さわぐアルミの鍋に移されて (阿波野青畝) … グロテスクな情景だと思いました。 食べたことないので分かわらないですが、おい しんでしょうか. (編者)「分かわらない」は「分からない」?
”鮴さわぐアルミの鍋に移されて”の鮴がかわいく て好きだ。 鮴の鍋を食べてみたいと思った。
「鮴さわぐアルミの鍋に移されて」(阿波野青畝) という俳句が印象に残りました ゴリという魚は今回の俳句で初めて知りました. また、鍋に移され調理されることを察した鮴があわ てている様子が面白いなと思いました.
色々なゴリがいるとわかった.
「鮴さわぐアルミの鍋に移されて」(阿波野青畝) という詩からは、鍋に鮴が入れられ揚げ物にされて、 油がはねているところが鮴が暴れているように見え る情景を思い浮かべました。また、鮴という魚をは じめて知りました。
〜鮴さわぐアルミの鍋に移されて〜(阿波野青畝) 鮴が熱せられたアルミの鍋ではねていることを言 いたいのだと思います。生きたまま熱せられるのは とても残酷ですが、新鮮なのでとても美味しいだろ うと感じます。
鮴さわぐアルミの鍋に移されて(阿波野青畝) 鮴という魚を初めて知った.ハゼに似ている気が した.
鮴さわぐアルミの鍋に移されて(阿波野青畝) 鮴が料理されるためにアルミ鍋にうつされるのが 想像できる。命をいただいてるということを考えて ごはんを食べなければならないと思った。 いただきますの大切さをもう一度考えるきっかけ になった。
飼い猫に噛まれし夢の明やすし (石田栄子) この句を読んで実家のことを思い出した。 私自身も実家では寝ている時によく噛まれている。 朝6時半頃に耳を噛まれて夢から覚めて、エサを あげている。
飼い猫に噛まれし夢の明やすし (石田栄子) 猫が飼いたくなりました。
飼い猫に噛まれし夢の明やすし (石田栄子) 飼い猫に噛まれて夢から目が覚めて起きるという ほのぼのした光景が浮かんでくる。
飼い猫に噛まれし夢の明やすし (石田栄子) この時期にすやすや〜って昼寝している時に足と かを猫に噛まれて飛びおきて夢から覚める光景がほ がらかとしてて五月病から抜け出せない私の心の癒 しになりました。 以上
菱の中に日向(ひなた)ありけり目高浮く (村上鬼城) 目高を飼育していた時を思いだした。 目高=初夏のイメージがあった。
菱の中に日向ありけり目高浮く (村上鬼城) 家でめだかと金魚をかっていて、目高の泳ぎを表 現しているいい作品だと思った。家の目高の赤ちゃ んは、とても小さくて可愛かった。
・菱の中に日向ありけり目高浮く (村上鬼城) 菱のすき間に目高が優々と泳ぐ姿が想像でき 夏でもその場所だけ涼しく感じる爽やかな情景 を感じ良いと思った。
「菱の中に日向ありけり目高浮く」という歌をよん でみて、今日は非常に蒸し暑い日であり、人間もメ ダカも涼しいところに集まるのは同じだと考えられ る歌であり、早くクーラーがついて欲しいと思いま した。歌の中の目高と漢字に書いているのは日向と 関係があるのではないかと思いました。
昔めだかを飼っていたことがあったのですが、当 時の私は魚を飼う知識が全く無く、虫かごで育てて いたので、酸欠で全滅したという思い出があります。
短夜(みじかよ)の俳句 短夜や王手のままの将棋盤 (佐々木有風) 「短夜」と「王手のままの将棋盤」はどちらも儚さ を表現しており、「短夜」は夏の夜の短さを、「王 手のままの将棋盤」は何の甲斐もなく勝負が終わっ てしまったということを表しているのではないかと 感じた。
短夜や王手のままの将棋盤 (佐々木有風) 夏という単語を使わず「短夜や」という言葉で表 現してたのが洒落ていて良いと思いました。
「短夜や王手のままの将棋盤」とはどのような状況 を表しているのか疑問に思いました。
短夜や王手のままの将棋盤 (佐々木有風) 夕飯前に、親子が将棋をしていて、夕飯で呼ばれ てそのままになった将棋盤のことをさしていると思 う。
パセリ青し日曜という週はじめ という岡本眸さんの俳句から、1週間の始めにパセ リを食べて元気を出すという情景が分かる。パセリ が季語であるということは知らなかったし、驚いた。
パセリって名前のひびきがすばらしい.
パセリと日曜という週はじめの関係がわからなかっ た。
<詩> 瀬戸走る潮(うしお)が強し田植時(茨木和生) <感想> 瀬戸内海には潮の流れの速い所がある。そこで うず潮ができるようになった時に、田植えをする 季節だと分かる事を、この詩は表している。 「自然の現象を見ることで何をするべきか分かる」 という事をこの詩は伝えたいのかなと感じました。
瀬戸走る潮が強し田植時 (茨木和生) 田植時に雨が激しくなり、潮が大きく変化し ていることが分かる。
「菱の中に日向ありけり目高浮く」(村上鬼城) からは、菱で水中に日光が届かない中、一部分光が 差し込んでいる場所があり、そこに向かって目高が 浮いている場面が思い浮かぶ。 「飼い猫に噛まれし夢の明やすし」(石田栄子) からは、寝ている主人が飼い猫によって夢から目覚 め、夢の内容を忘れてしまったことを残念がってい る様子が思い浮かぶ。
パセリ青し日曜という週はじめ (岡本眸) パセリはあんまり好きではない 飼い猫に噛まれし夢の明やすし (石田栄子) とても嫌やな夢だと思う 梅雨に入る気持ち両生類になる (平千枝子) 気分は少し分かる気がする.
梅雨に入りはじめたのでわかりやすかった。.
梅雨がよく表現されているなと思いました。
サバンナ号 昔の船について知ることができた。
手がかけなかったんですけど (編者)ヒマワリの花の前に立って香りをかいでいる (それとも見ている)麦わら帽をかぶったイケメンの 青年のリアルなイラスト略。
髭剃(ひげそ)つて月下美人に逢ひに行く (宮脇白夜) この句を読んで思ったことは、髭を剃って美人に 逢いに行く男性の姿と、朝起きて、男性がサボテン の様な髭を剃って、サボテンに水をやっている姿が 浮かんだ。
髭剃つて月下美人に逢ひに行く (宮脇白夜) サボテンといえば棘があっていかにもチクチクし そうなイメージの植物ですが、それに対してチクチ クする髭を剃って逢いに行くというのが、なんだか 面白いと思いました。 月下美人というサボテンは見たことがないのです が、すごく良い香りがするということで、私も一度 は見てみたいと思いました。
髭剃つて月下美人に逢ひに行く (宮脇白夜) 美人に会いにいくときに髭を剃るという部分に共 感しました。美人には少しでも良い顔をしようとす る男心がよく表現されていると感じました。
〜髭剃つて月下美人に逢ひに行く (宮脇白夜)〜 見だしなみを整えて美人な人に逢いに行く詩だと 思います。それがデートなのかナンパなのか分かり ませんが、その人に好意があるのだと感じられます。 月下美人という言葉がとても美しい人だというのを 表しているのかもしれません。 (編者)一般に「”身”だしなみ」です。
髭剃つて月下美人に逢ひに行く (宮脇白夜) サボテンとは思えないくらい美しい月下美人に恋 したサボテンの詩。 同じサボテンでありながら美しさの格が違う月下 美人。そんな彼女に会って、傷つけないため、自ら の棘を剃っていく。
髭剃つて月下美人に逢ひに行く (宮脇白夜) 私はこれまでに月下美人という花を見たことがな いし匂いをかいだこともありませんが、この句を読 んで非常に美しい花だということが伝わってきます。 この句で月下美人は作者の恋人を例えたものかもし れませんが、美しいものを例えるのにも使えそうな 言葉だと感じます。
髭剃つて月下美人に逢ひに行く (宮脇白夜) 「美人に会いに行く」から髭を剃る、というのが 大元の意味だが、髭を剃ることでより嗅覚をはた らかせようとするのも、また1つの意味であると 思う.
月下美人という花がとてもきれいな花だなと思っ た。
「髭剃つて月下美人に逢ひに行く」(宮脇白夜)と いう句で、以前、家に月下美人があったことを思い 出した。花が咲くととても美しかった。 また、実際に見たいと思った。
髭剃つて月下美人に逢ひに行く (宮脇白夜) 見だしなみを整えて女性に逢いに行くのはとて も共感できる (編者)一般に「身だしなみ」です。
髭剃つて月下美人に逢ひに行く (宮脇白夜) という詞が、印象に残りました。 とても面白く、笑ってしまい、ユーモアがある作 品だと思いました。
髭剃つて月下美人に逢ひに行くを読んで、… きれいな女性に会う前に身なりを整えている男性の 姿が思い浮かんだ。
髭剃つて月下美人に逢ひに行く (宮脇白夜) 月下美人とは非常に美しい花であったことから 自分もその花に恥ずかしい姿で会わぬようにちゃ んとした姿で会おうとしていることが分かる。
海見るはひとりがよけれ夏帽子 (山辺浩子) 感想 夏のおだやかな海を感じるには一人で帽子をか ぶって浜辺に出て行き、静かな海の音を聞くのが 良い。
海見るはひとりがよけれ夏帽子 (山辺浩子) 感想 なぜ海を一人で見るのがいいのか分かりません。 個人的には海は友達や家族など集まっている時に 見たいです。
海見るはひとりがよけれ夏帽子 (山辺浩子) 海を1人でぼけーっと見ていることが好きです (何も考えずに)夜中、1人で砂浜に行って星と 海を同時に見ることも好きです.波の音も聴きな がら「あの星は○○○座の星かな〜」と考えなが らの現実逃避は最高です.
「海見るはひとりがよけれ夏帽子」(山辺浩子) 多くの友人と共に海に行ってわいわい楽しむのも 良いが、時には一人でのんびりと海をながめるのも また、趣があって良いなぁということを言っている のかなと感じた。
「海見るはひとりがよけれ夏帽子」(山辺浩子) 夏の海はとてもきれいであると思う。一人で見る ことで海の大きさがさらに実感できるのではないか と思う。
海見るはひとりがよけれ夏帽子 (山辺浩子) 海を見る、夏帽子をかぶった1人の女性を思い浮 かびます。そして、みんなで見にいくのではなく、 ひとりがいいと詩っているのがまた好きです。
海見るはひとりがよけれ夏帽子 (山辺浩子) 海を見ながらぼーとほうけてるこうけいが目にう かんで良いと思いました。
海見るはひとりがよけれ夏帽子 (山辺浩子) ・海が似合う人ってこんな人だな、と思います。 波の音とか一人で静かに聞きたいです。
海見るはひとりがよけれ夏帽子 (山辺浩子) 水大に入学してから海を一人で眺めることが多 くなりました。特に砂浜がきれいだと思います。
海見るはひとりがよけれ夏帽子 (山辺浩子) 夏の晴れた海で、静かに帽子を被りながら海を眺 めているようすが浮かんでくるような文。
ひよいと穴からとかげかよ (種田山頭火) 日差しの強い暖かい日に、岩々の隙間から顔を出 すとかげを見て、夏が来たと実感することがよくあ ります。
ひよいと穴からとかげかよ (種田山頭火) 見てよんで文体そのまま、な気がして、すぐに情 景が思いうかんだ
ひよいと穴からとかげかよ (種田山頭火) 種田山頭火らしい自由な型の句である. 「ひよい」という音がかわいらしい.
ひよいと穴からとかげかよ (種田山頭火) ひょいっと穴から顔を出すとかげがかわいいなと 思った.
「ひよいと穴からとかげかよ」(種田山頭火)とい う詩は穴をのぞきこんだらとかげが顔をのぞかせ、 何があるのかと期待していたのを裏切られ少し残念 そうにしている様子が思い浮かび、おもしろいなと 思いました。
ひよいと穴からとかげかよ (種田山頭火) 私は種田山頭火のようにきまりにとらわれず、考 えを主張する詩はとても好きです.
ひよいと穴からとかげかよ (種田山頭火) この時期からの蜥蜴について情影が浮かんでくる。 蜥蜴をあえてひらがなで表現している点が、作者ら しさを演出しているのかと思った. (編者)「情景」です。
蜥蜴も海に関係あるの!? (編者)なかなか…。
ひよいと穴からとかげかよ という種田山頭火さんの俳句から 何かが動いて期待してみたけれども、穴から出 てきたのが、蜥蜴であり、少し悲しいという情景 が思いうかぶ。
”ひよいと穴からとかげかよ”(種田山頭火) とかげのすばしっこさが伝わってくるのと同時に、 夏の訪れをとかげが伝えてる。
嶋々や千々(ちぢ)にくだけて夏の海(芭蕉) どうやって読むのかわからないです…。 (編者)「嶋々」の「々」はお手本では「ぐ」を長く 引っ張った記号になっています。これは「濁点をつけ た繰り返し」を意味し、ホームページでは「嶋々」と 書き換えました。
感想 「嶋々や千々にくだけて夏の海」(芭蕉)という 俳句の「嶋」という漢字を初めて見たので、読み もわからなければ意味も読み取ることができません でした。また、何かこう「ぐ」みたいな「*」とい う「嶋」の字の次のある文字も初めて見て、意味も 読みもわからなくて悔しかったです。家に帰ってこ の俳句を調べて、「嶋」と「*」の謎を解き、松尾 芭蕉が一体どのような想いを込めてこの俳句を書い たのかを理解したいと思いました. (編者)「*」は縦書きの「ぐ」を長く引っ張った記 号で、「濁点をつけた繰り返し」を意味します。
「嶋*や千々にくだけて夏の海」の歌の*は強調 して使われているのか、次の文につながっているの かなど自分の中で色々な意味を見出してしまい、本 当はどうやって使われているのか気になりました。
「嶋*や千々にくだけて夏の海」の*がなぜ他と字 体が異なっているのか疑問に思いました。
今日私の心に残った俳句は芭蕉の 「嶋々や千々にくだけて夏の海」 でした。芭蕉の夏の句といえば、「夏草や岩にしみ いるせみの音」ではありますが、これはこれでまた 違った良さを感じました。 特に「千々にくだけて」のところに深い意味を感 じました。
夏帽子うつむいて鼻うつくしき (大串章) 夏は日差しが強いから帽子をかぶる人が多く夏だ なと思う。
夏帽子うつむいて鼻うつくしき (大串章) 夏の日差しを感じました。
夏帽子うつむいて鼻うつくしき (大串章) すごく、夏の風景が連想しやすい詩だと感じた。 最初は女性をイメージしたが、男性をイメージし ても夏のさわやかさを感じることができると思う.
夏帽子うつむいて 〜 の感想 夏帽子.をかぶっているが、鼻だけが太陽光に あたっていて、鼻が日焼けで照っていて、美しい ことを.表していると.思う。
夏帽子うつむいて鼻うつくしき (大串章) 夏の暑い日が照る日中に帽子をかぶった女の人が 立っていて夏帽子によって頭は見えないけれど美し い鼻が見える様子が読みとれました。私もこの詩に 当てはまるような女性になりたいと思いました。
志士の墓すつくと立ちて南風(はえ)の町 (馬場ミヨ子) 志士といえば長州薩摩土佐といった国出身の幕末 の志士を連想する.その中でも「南風」といえば土 佐であると考える.明治維新にかけて戦乱の世の中 を走り抜けた侍たちが今でも存在感を残しながら見 守っているのだと思うととても感慨深い.
志士の墓すつくと立ちて南風の町(馬場ミヨ子) 下関の桜山神社や、高杉晋作の終焉の地といった 場所について読まれた俳句だと思った。 (編者)訪れてみましたか!?関係ないけど、僕の家 (マンション)は高杉晋作終焉の地のすぐそばにあ ります。
「志士の墓すつくと立ちて南風の町」(馬場ミヨ子) からおぼんの時期なのかと思った.
志士の墓すつくと立ちて南風の町(馬場ミヨ子) … 南風をはえと読むのを初めて知りました。 戦争が終わった後の穏やかな町を意味しているん でしょうか。
<詩> 夏潮のつぶやき平家琵琶(びわ)の音 (かま長寅彦) <感想> 平家といえば瀬戸内海を思い浮かぶので、夏潮は 瀬戸内海での現象であると僕は考えました。また琵 琶も平家と関わりがあるのだろう。夏と歴史をから めて詩を表現する事は非常に興味深いなと感じまし た。
夏潮のつぶやきというのがとても夏を感じること ができた。
「夏潮のつぶやき平家琵琶の音」(かま長寅彦)と いう俳句が印象に残りました。
夏潮のつぶやき平家琵琶の音 (かま長寅彦) すばらしき哉。諸行無常。 (編者)絵巻物から写し取ったようなリアルな「琵 琶」と「**法師」のイラスト略。(*の漢字?は 読み取れませんでした。)
鯖群るヽや潮競(せ)り上がり競り上がり (平本故淵) 鯖が食べたくなりました。
鯖群るヽや潮競り上がり競り上がり(平本故淵) 鯖はとても腐りやすいから、スーパーなどでは刺 身で売っていることが少ないため、自分で釣って食 べてみたい。
新鮮な鯖って臭みが少なくてとてもおいしいんで すよね。初めて食べたときはとても感動しました。
鯖群るヽや潮競り上がり競り上がり (平本故淵) 鯖が夏の魚ということは知らず、なにか冬の魚 のイメージがあった。釣って食べてみたい。
夏帽子の俳句 麦藁帽(むぎわらぼう)ぬげば日昏(ぐ)るる そらの色 (福井百合子) この俳句が今日の俳句の中で一番夏らしい感じが して印象に残った。 麦藁帽を脱いで夕暮れの空の色を眺める人物の情 景が目に浮かんだ。
・麦藁帽ぬげば日昏るるそらの色(福井百合子) 麦わら帽をぬいだら日光とそらの色が広がって いる様子だと思う。
南風(なんぷう)のおもてをあげてうたふかな (木下夕爾) 南風って夏風のことですかね? 私の地元で夏風のことを夏風(かーちばい)とい います。ちょっと地元の方言がなつかしくなったの でかいてみました。
「麦藁帽ぬげば日昏るるそらの色」(福井百合子) からは、麦藁帽のつばの部分のせいで、麦わら帽を ぬぐまで空の色が夕焼け色に変化していることに気 が付かないでいた様子が思い浮かぶ。 「髭剃つて月下美人に逢ひに行く」 (宮脇白夜) からは、男性が少しでも美しい女性によく見られよ うとして、髭を剃って身なりを整えている様子が思 い浮かぶ。
夏潮のつぶやき平家琵琶の音 (かま長寅彦) 平家琵琶を一度きいてみたい 鯖群るヽや潮競り上がり競り上がり (平本故淵) 自分は鯖の塩焼きが好きだ ひよいと穴からとかげかよ (種田山頭火) とかげはとても可愛いと思う。
夏の季語がはいった俳句はすがすがしくて好きで す。
今日の詩を見て夏が近づいてきたと感じました。 今年の梅雨は雨が少ないような気がします。
早くクーラを付けてほしいです.
航海を舞台にした小説では、予想外のできごとや 困難があって、とても読みごたえがあっていいと思 います。
夏至の中昼寝をするには暑すぎる この時期は昼寝をするにも日が出ている時間が長 いので昼寝をするには部屋があつくて寝にくい。
今日もまたレポートを書く白夜かな レポートを書いているといつの間にか夜が明け外 が明るくなっていて「あれ?白夜かな?」と思うこ とがある.
新月や蛸壺に目が生えるころ (佐藤鬼房) 目が生えるという表現が面白いと思いました。
新月や蛸壺に目が生えるころ (佐藤鬼房) ”目が生える”というフレーズがまさに蛸壺漁をして る状景が目に浮び、おもしろいと思った。
新月や蛸壺に目が生えるころ (佐藤鬼房) 月がつぼにうつって目に見えたことだろう。 (編者)グロテスクな三尾の大蛸のイラスト略。
新月や蛸壺に目が生えるころ (佐藤鬼房) という句が好きでした
「新月や蛸壺に目が生えるころ」(佐藤鬼房) この句を見て、もうすぐ蛸の季節なのかなと思わ れた。 新月なのに、蛸壺に入った蛸の目が分かるのだろ うか、という疑問も持ちました。
タコを漢字で書くと「蛸」と書くことに驚いた。 夏になると、蛸のお刺身が食べたくなるので「新月 や蛸壺に目が生えるころ」(佐藤鬼房)といいう俳 句で夏らしいと思った。
新月や蛸壺に目が生えるころ (佐藤鬼房) 新月で真っ黒な中に蛸の目が光っているのかなと 思いました。
「新月や蛸壺に目が生えるころ(佐藤鬼房)」 中二的で好き
新月や蛸壺に目が生えるころ (佐藤鬼房) 蛸が目の前に居るかのように思い浮かんできま した。
音もなく白夜のライン川流る (塩川雄三) 日本では白夜はないので明けない夜を見てみたい。
音もなく白夜のライン川流る (塩川雄三) 白夜の地平線上に天の川が流れている様とライン 川のようだと掛けてあるのかな、と思いました。
音もなく白夜のライン川流る (塩川雄三) さみしげな表情の 俳句だと思いました。
音もなく白夜のライン川流る (塩川雄三) この詩を読み、とてもおもむき深いと感じた。音 もなくという部分から、夜の静けさやさみしさを感 じ取ることができた。川に白夜の光が反射して、写っ ているようすがそうぞうできた
「音もなく白夜のライン川流る」(塩川雄三) 音がない川と夏はとても合っていると思った。白 夜のラインというのは月明かりが川に映って道のよ うになっているのではないかと思った。
音もなく 〜 流る の 感想 白夜は逆に騒ぐ行事的なものだと思っていたので、 この俳句には疑問がある。
音もなく白夜のライン川流る (塩川雄三) ヨーロッパのライン川のことだと思われるが、た しかに流れは緩やかで一度は船で下ってみたい川だ があそこでは白夜にはならないので、少し不思議な 感じがする。
音もなく白夜のライン川流る (塩川雄三) とても気に入った。
音もなく白夜のライン川流る (塩川雄三) 静寂な夜にでもゆっくりと絶えずことなく、川 が流れている情景が浮かんだ。 (編者)「絶えることなく」?
熱帯魚紺碧(こんぺき)の海恋しからむ (福永鳴風) 水そうに飼われた熱帯魚が青碧色をした海を恋し がっている情景が浮かんできました。自分も最近熱 帯魚を飼いはじめたので、家にいる熱帯魚も本当は 海に帰りたがっているのではないかと考えさせられ ました。
熱帯魚紺碧の海恋しからむ (福永鳴風) 小さい頃に友人の家にグッピーがいて熱帯魚に興 味をもった.最近では、将来アロワナを買いたいと 思っている。
熱帯魚紺碧の海恋しからむ (福永鳴風) 熱帯地域のコバルトブルーの海に生息する熱帯魚 は、ときに深く紺碧の海にあこがれる。真っ青な背 景に点々とした赤や黄の熱帯魚がぼんやりと浮かび 上がる。
熱帯魚紺碧の海恋しからむ (福永鳴風) 私は熱帯魚といえばアマゾン川をイメージします。 アマゾン川は俳句のように紺碧(黒味を帯びた紺色)、 暗いところを好むイメージがあり、作者も同じ視点 から見たのだと思います。
「熱帯魚紺碧の海恋しからむ」(福永鳴風)という 歌を詠んで、どちらも色鮮やかで恋しい作者の心を 詠んだ歌ではないかと思いました。熱帯魚を見て、 いやされたいと思いました。 章魚が夏の季語だと初めて知り、驚きました。
熱帯魚紺碧の海恋しからむ (福永鳴風) という俳句から、またきれいな熱帯魚を見たいと 感じました。
熱帯魚紺碧の海恋しからむ (福永鳴風) いくら水槽を海に似せているからと言っても、結 局それは海になれないのだと考えると悲しくなって しまう
熱帯魚紺碧の海恋しからむ (福永鳴風) 決して海に出ることのない熱帯魚は海のことを恋 しいと想っており憧れのような感情を抱いているだ ろうと詠んだ句で熱帯魚が海に出ない点をとてもう まく表現していると思い、また作者の大海に対して、 とても明るい気持ちを持っており鮮明に表されてい る
熱帯魚紺碧の海恋しからむ (福永鳴風) 私も地元の青い海が恋しくて夏の帰省が待ちきれ ないのでこの句を選びました (編者)文末のニコニコマークと、上に三本の短い縦 線のあるハートマーク略。
オン・ザ・ロック白夜てふ刻(とき) ゆるやかに (いとうゆふ) この句を読んでカタカナや英語を使うことによっ て独特なリズムが生み出されていると感じた。 しかし、句が何を伝えたかったのか理解ができな かった。 もし授業で時間が残った時は「白鯨」の映画の続 きが見たい。
オン・ザ・ロック白夜てふ刻ゆるやかに (いとうゆふ) 俳句の中に英語は入っているのはあまりみたこ とがないな…と思った。
「オン・ザ・ロック白夜てふ刻ゆるやかに」(いと うゆふ)という詩でオン・ザ・ロックというカタカ ナ語を詩に用いたり先頭に持ってきているのが新鮮 だと思いました。
オン・ザ・ロックという詞にはめずらしいカタカ ナでおもしろかった。
「オン・ザ・ロック白夜てふ刻ゆるやかに」(いと うゆふ)という句のように排句に英語を入れる表現 方法もあることが分かりました。 (編者)「俳句」です。
オン・ザ・ロック白夜てふ刻ゆるやかに (いとうゆふ) 詩にカタカナや英語はめずらしいと思いました.
オン・ザ・ロック白夜てふ刻ゆるやかに (いとうゆふ) 他の文にはないカタカナの表現が面白く魅力的に 感じた。時ではなく刻と表現している点も面白いと 感じた
オン・ザ・ロック白夜てふ刻ゆるやかに (いとうゆふ) 感想 ウィスキーを片手の明るい夜を過ごしていると 時がゆるやかに感じて朝がやってくるのがいつもよ り遅く感じる。
夏至ゆうべ地軸の軋(きし)む音すこし(和田悟朗) 自転の音は聞こえるはずもないのに、これが聞 こえてくるほど静かな情景が浮かびます。
夏至ゆうべ地軸の軋む音すこし (和田悟朗) 夏至は昼間が一番長い時であるが、それをすぎて しまえば夜が長い日になってくる。 夏が少しおわってしまったさびしさをかんじる.
夏至ゆうべ地軸の軋む音すこし (和田悟朗) 感想:日の長さの変化をたとえた詩だとわかってお もしろいと感じた。
夏至ゆうべ地軸の軋む音すこし (和田悟朗) 人間が勝手に定めた「夏至」と呼ばれる日は、昼 の長さと夜の長さが均等になる日として定めている。 そんな夏至という日を境に地軸が傾くかのように表 現しているこの句が好きである。
夏至ゆうべ地軸の軋む音すこし (和田悟朗) 夏至をむかえる今の季節にピッタリで夏らしいと 思う。
「夏至ゆうべ地軸の軋む音すこし」(和田悟朗)と いう俳句が印象に残りました 夏至という昼が最も 長い1日を「地軸の軋む音すこし」と詠むところが 良かったです。
<詩> 夏至ゆうべ地軸の軋む音すこし (和田悟朗) <感想> 確かに夏になると太陽に対して地球の軸は冬と逆 方向に傾く。その現象をこの詩は瞬間に軸が動き軋 む音がするはずはないが、夏が来たと知らせる意味 を込めてこのような表現の仕方をしているのだと思 いました。
”夏至ゆうべ地軸の軋む音すこし” (和田悟朗) 地軸と夏至の因果関係を軋むという音で表現して いて非常に新鮮な感じがした。
夏至の夜の港に白き船数ふ (岡田日郎) まだ暗くなりきっていない、ほんのり明るい空 を映す水面に浮かぶ船の白さが際立っている様子 がおだやかで素敵だと思った。
夏至の夜の港に白き船数ふ (岡田日郎) 一年で一番日が長い日である夏至だから、夜の海 に浮かぶ船も数えられるのでしょうか。 近年月日の流れの早さを実感していますが、日が おちるのが遅くなると、なんだか1日がほんの少し だけ長くなったような気になります。
夏至の夜の港に白き船数ふ (岡田日郎) 夏至の短い夜の静かな港に多くの船が集まってい るしみじみとした情景が思い浮かぶ。
夏至の夜の港に白き船数ふ (岡田日郎) 夜、暑い中に白く輝く船体が目に浮かぶ
夏至の夜の港に白き船数ふ (岡田日郎) 夏至の夜に港に船の灯りが点いているので、その 数を数えていること。
「夏至の夜の港に白き船数ふ」(岡田日郎)から夏 至になってどんどん夜が長くなっていくため船が目 立ってくると思う。
夏至の夜の港に白き船数ふ (岡田日郎) 明るい夏至に白い船の明るさは暗がりのときに比 べ日がよく当たる時間が長いことで、より映えてい る。
木下闇(こしたやみ)抜け人間の闇の中 (平井照敏) 夏の生い茂った木々の下の闇から抜け出しても、 人間の世界に溢れている闇の中からは抜け出せな い。というブラックなユーモアを表現しているよ うに感じた。
木下闇抜け人間の闇の中 (平井照敏) うす暗い森を抜けると明るくはなるけれど、 そこには人間の闇がある.明暗での闇と人間の闇 がいい感じにかけられているので好き.
啼(な)く鴉(からす)ふりむく牛や夏野は朝 (中村草田男) 田舎での暮らしをした事のある人なら、鴉や 牛の鳴く声から夏を連想することもあるのでは ないでしょうか。
啼く鴉ふりむく牛や夏野は朝 (中村草田男) 夏の涼しい感じがしました。
音もなく白夜のライン川流る (塩川雄三) 白夜を一度でいいから体験してみたい 熱帯魚紺碧の海恋しからむ (福永鳴風) 熱帯魚はとてもかってみたいと思う
「新月や蛸壺に目が生えるころ」(佐藤鬼房) からは、新月が出ている時間帯に蛸が蛸壺に入り、 月の光によって蛸の目が浮かび上がっている光景が 思い浮かぶ。 「籐椅子や一日(ひとひ)かならず夕べあり」 (井沢正江) からは、夕日に照らされている籐椅子の様子が思い 浮かぶ。
今日自分が気になったワードが1つあります。そ れは「白夜」です。日本には今でいうところの「白 夜」が起きるところはないはずなのですが、日本人 が「白夜」というワードを使って句をよんでいるの が不思議に思えます。 実際に白夜が当時はあったのか? はたまた「何 か」を白夜にみたてていたのかどうか、非常に気に なります。
昨日が夏至だったなんて驚きです
やっと梅雨らしい天候になってきたなと感じまし た。
雨がすごくいやです。じめじめします。いい事あ りません。
じめじめと欲に負けて除湿する じめじめと暖かい中でねることができずに、いつ も除湿を使ってねているため、この詩をかいた.
砂浜で投げる釣人鱚釣れる おじいちゃんが砂浜でよく釣りをしていて何が釣 れているか聞くと毎回ほとんど鱚が釣れていてしか も大漁である。
金箔を打ちのばしたる梅雨の月 (有馬朗人) 梅雨の時期は天気が悪くてなかなか月を見るこ とができないが、この句ではうっすら雲のかかっ ている月が金箔をのばしたように見える、梅雨に しか見られない月の描写をしていると感じた。
金箔を打ちのばしたる梅雨の月 (有馬朗人) 梅雨の雨を月が照らしてくれたら、雨粒が光を反 射してキラキラと金箔のようにきれいだろうなと考 えたのですが、基本、雨の日はくもって月も見えま せん。この句は、梅雨でなかなか月が見えなくて、 晴れた日に見た月が金箔を広げたように美しかった ということでしょうか。
梅雨の月の俳句 金箔を打ちのばしたる梅雨の月 (有馬朗人) 雨が上がった後の夜空に、まるで金箔を打ちのばし たような黄金の月が浮かんでいる情景を詠んでいる ように感じた。
金箔を打ちのばしたる梅雨の月 (有馬朗人) 情景をかんたんに想像できて、シンプルな良さが 伝わりました。
金箔を打ちのばしたる梅雨の月 (有馬朗人) この詩を読んだときにこの詩の風景が頭に浮か び、とても想像力が沸いた。 今の時期は梅雨で、この時期にぴったりという のもありとても感じるものがあった
金箔を打ちのばしたる梅雨の月 (有馬朗人) 感想 金閣寺や黄金堂に降る雨の風景を想像しまし た。
金箔を打ちのばしたる梅雨の月 (有馬朗人) 金箔のようにかがやく梅雨空の月が浮かびました。
「金箔を打ちのばしたる梅雨の月」(有馬朗人)と いう俳句が印象に残りました。梅雨の曇った空にか すんで浮かぶ月が想像出来ました。
金箔を打ちのばしたる梅雨の月 (有馬朗人) きれいな月の様子が浮かんでくるような詩でした。
「金箔を打ちのばしたる梅雨の月」を読んで… 梅雨の季節に雲り空の中でも金箔のようにキラ キラと輝いた月が想像できた。
金箔を打ちのばしたる梅雨の月 (有馬朗人) クロワッサンのような月を考えさせられる。
金箔を打ちのばしたる梅雨の月 (有馬朗人) 輝いている月から金にも似た美しさを見出し、雨 でよりいっそう暗くなった空に、よく映えた景色が 思い浮かぶ あじさいといった鮮やかな色から色彩 豊かな夜であると感じた
目をつむり梅雨降る音のはなれざる (長谷川素逝) 感想 夜に寝ようとしていても梅雨の雨の音がいつも に比べてかなり大きくなかなか寝れない様子を表 している。
「目をつむり梅雨降る音のはなれざる」(長谷川素 逝)のように長くてゆううつな梅雨の季節も早くす ぎさればいいのにと思う。
目をつむり梅雨降る音のはなれざる (長谷川素逝) 梅雨の時期というのはやはり雨の音がきこえ私は 寮の4階に住んでいますが、雨の音がものすごく良 く聞こえます.夜寝るとき静かなので雨の音という のが頭から離れないという場面に排句は似ていると 感じました。 (編者)「俳句」です。
「目をつむり梅雨降る音のはなれざる」 (長谷川素逝) 今日は荒天なので、こんな梅雨だったらよかった のにと思いました。
目をつむり梅雨降る音のはなれざる(長谷川素逝) 早く梅雨が終わってほしいです. (編者)魚の泳いでいる石で囲まれた池の前で「アメ ヤマナイカナー」と、草の葉の傘をさしたカエルが言っ ているのを、横から女の子が「!?」と見ているイラス ト略。
目をつむり梅雨降る音のはなれざる (長谷川素逝) 最近は雨の音も激しく音がはなれていく経験も分 かる
昨日から今日にかけて雨の音がずっとしてるので 「目をつむり〜」の詩に共感しました。
目をつむり梅雨降る音のはなれざる (長谷川素逝) 梅雨の時季になり常に雨が降っている音が耳にこ こちよく聞える情景が浮んだ
目をつむり梅雨降る音のはなれざる(長谷川素逝) この句を読んで思ったことは、目をつむり、五 月、六月とふりかえっていると梅雨による雨の降 る音がだんだんと聴こえなくなってきたという様子 が思い浮かんだ。
目をつむり梅雨降る音のはなれざる(長谷川素逝) 今ちょうど梅雨の時期で、雨の降る日が多く、雨の 降る音で梅雨はまだ明けないのかな … と思う日が つづいてるから。
目をつむり梅雨降る音のはなれざる (長谷川素逝) 眼をつむると雨の音が聞こえ梅雨を感じる。蒸し 暑い時も梅雨だと思う。
百合白く雨の裏山暮れにけり (泉鏡花) 百合が白い情景と雨の降る裏山の景色が浮かんで きた.暮れにけりで終わっている点も良いと思った。
百合白く雨の裏山暮れにけり (泉鏡花) 気にいった。
百合白く雨の裏山暮れにけり (泉鏡花) あじさいではなく、比較的鮮やかでない白い百 合を選ぶところにセンスを感じた.
「百合白く雨の裏山暮れにけり」(泉鏡花)という 詩は雨に打たれている白百合が浮かぶような詩だと 思いました。とてもきれいな情景だなあと思いまし た。
百合白く雨の裏山暮 … 初夏、梅雨の山の風景を鮮明 れにけり(泉鏡花) 思い浮かべることができます。 (編者)「鮮明」は「鮮明に」?
百合白く雨の裏山暮れにけり (泉鏡花) 雨がしとしと降る裏山で百合の花が咲いており、 水滴が落ちる様子が思い浮かんでくる
百合白く雨の裏山暮れにけり (泉鏡花) 泉鏡花さんが排句をよんでいるとは知らなかった (編者)「俳句」です。
百合白く雨の裏山暮れにけり (泉鏡花) 白い百合の花はとても美しいと思った。
小座敷に鱚の天麩羅(てんぷら)揚(あが)りけり (星野麥丘人) 鱚の天ぷらが揚がるのを待っていて、出てきた のか.鱚の天ぷらが食べたい。
小座敷に鱚の天麩羅揚りけり (星野麥丘人) 鱚の天ぷらは美味いので好きです。
小座敷に鱚の天麩羅揚りけり (星野麥丘人) てんぷらが食べたくなりました
小座敷に鱚の天麩羅揚りけり (星野麥丘人) てんぷらを私も食べたいと思った。
小座敷に鱚の天麩羅揚りけり (星野麥丘人) 美味そう。 (編者)四角い皿に3切れ載った鱚の天ぷらのイラス ト略。
小座敷に鱚の天麩羅揚りけり (星野麥丘人) 感想 この時期になると釣りにあまり行けませんが、 たまに晴れた日に鱚を釣りに行ってそれを天ぷら にして食べていたことを思い出しました。
小座敷に鱚の天麩羅揚りけり (星野麥丘人) という俳句から 鱚と書いてきすと読むとは知らなかった。 魚へんの漢字を覚えたい。
小座敷に鱚の天麩羅揚りけり (星野麥丘人) 最近、バイト先の居酒屋で人生初のキスの天ぷら を食べました。サクサクふわふわであっさりしてて 美味しかったので、この句を選びました。
梅雨深き山さまよへば吾(われ)も獣(けもの) (福田寥汀) 山にいるときに雨が降っていると、山に雨が落ち る音や、じめじめとした空気から、まるで自分が野 生にいるような感覚になっているのだと感じた。
梅雨深き山さまよへば吾も獣 (福田寥汀) 梅雨で降り続く雨の中、山中に入ると、視界が悪 く、衣服が濡れ、思考力が低下していく。ただひた すらに木々や泥の中を進んでいく姿はまるで獣のよ うである。
梅雨深き山さまよへば吾も獣 (福田寥汀) 梅雨が深い山でさまようと自分も獣のようなもの であるということ。
梅雨深き山さまよへば吾も獣 (福田寥汀) 湿って蒸し暑い梅雨の季節、山の中を歩いている と、それだけで獣の気分を味わうことができる。山 が身近にある所に住む人ならなんとなく共感できる のではないでしょうか。普段の生活にない独特な山 の香りに鼻は研ぎすまされ、余計なことを考えるの もやめる、まさに獣のような気分とは、そういうこ とではないでしょうか。
すぐれぬを常としつつも梅雨は憂(う)し (松本たかし) 梅雨明けが全国的に発表されていますが最近は未 だ天気も悪く、憂しです。
”すぐれぬを常としつつも梅雨は憂し”(松本たかし) 梅雨独特のジメジメ感のある嫌な感じを”憂し”と いう単語で表していて、その思いが伝わってくる。
「すぐれぬを常としつつも梅雨は憂し」 (松本たかし) この歌を見たとき、とても面白い歌であるなと 思った。 理由はそれといってないが、自分には、「気持 ちがすぐれない(楽しくない)のが常だが、梅雨 はもっとすぐれない」というように解釈できたた め、この人はどんな気持ちで書いたのだろう、本 当に楽しいことがないのか、などと考えるのが面 白く、それでも、少しでも共感できるものがあっ たので選んだ。
すぐれぬ〜憂しの感想 今の自分が歌われているようで、心にささった 梅雨の時期は.非常に憂うつである。
「すぐれぬを常としつつも梅雨は憂し」(松本たか し)という短歌が印象に残った。今日も梅雨なので 雨に濡れながら学校へ来たことを思い出した。早く 梅雨が明けないかと思ってしまった。 (編者)この作品は短歌ではなく俳句です。
梅雨の海平らならんとうねりをり (原裕) 今週一週間は雨が続き、めずらしくおだやかな海 が見られていないこととこの句が重なっていたので 私はこの句を選びました。 (この紙、とてもあじがあって好きです。) (編者)この紙(出席カード)は随分古い紙で、色が 茶色くなってますが、それを風流だと感じてくれる なんて嬉しいです。(紙も喜んでいるでしょう!)
梅雨の海平らならんとうねりをり (原裕) <感想> 梅雨は天気が不安定で海は荒れている事をこの 詩は詠っていると思います。 ちょうど吉見の海が良い例で、晴れの日はおだ やかなのに、雨の日は強風が吹き、海が荒れる風 景と重なりました。
梅雨の海平らならんとうねりをり (原裕) 最近.海に潜ったが.この詞のようにかなり風 がつよく.寒かったし.うねりがあった
「梅雨の海平らならんとうねりをり」(原裕) 雨が続く日々だが早く梅雨明けしてほしいという 気持ちが増すばかりである。
「梅雨ごもりとは探しものすることか」(草間時彦) 雨で外出したくない日が続いて、部屋の中で暇を 持て遊ぶ中、ふと探しものを始めたり、部屋を清掃 する光景が思い浮かびます。 (編者)「持て遊ぶ」は「弄ぶ」です。
梅雨ごもりとは探しものすることか(草間時彦) 梅雨は家にこもって自分探しをすることだけでは ないと疑問を投げかけている様子。
飯(めし)食ひに出づるばうばうたる梅雨の中 (石田波郷) 飯を食べようと外に出ると、雨が入って、ガッカ リしている光景が見える。
「飯食ひに出づるばうばうたる梅雨の中」(石田波 郷)の歌を詠み、今日体育実技が終わり、帰ろうと した時にもの凄い雨が降ったのでこの歌に共感を覚 え、梅雨という時期は嫌なものだと感じました。
「梅雨深き山さまよへば吾も獣」(福田寥汀) からは、梅雨時期に森でさまよった人が熊のような 獣の心情を思い浮かべている様子が思い浮かぶ。 「百合白く雨の裏山暮れにけり」(泉鏡花) からは、日が沈んでいき、存在感があった白い百合 も闇の中へ消えていっている様子が思い浮かぶ。
感想 「梅雨ごもりとは探しものすることか」(草間時 彦)は、雨が降っていて外に出られない時の過ご し方について非常に共感できる俳句だなと思いま した。部屋で一人有意義な時間を過ごすことがで きる梅雨の良さが感じられました。 「小座敷に鱚の天麩羅揚りけり」(星野麥丘人) という俳句を読んで、吉見に来てから鱚のてんぷ らを食べてないことに気づいたので次に鱚を釣っ た時はてんぷらにしたいなと思いました。
排句では梅雨をよく書いているが自分はやはり 梅雨がきらい (編者)「俳句」です。
梅雨がよく表現されているなと思いました。
「梅雨の月」という季語は「梅雨」という季語と 「月」が合わさったものではないのかと思いました。 (編者)確かに。そんな季語もあるようです。
蓮の花が夏の季語になるのを初めて知りました。
私の実家の庭の紫陽花には野良猫がよく来てまし た。ちょうどいい感じに日陰ができていて涼みに来 るんです。 吉見に来てから野良猫の多さに驚きました。そこ らじゅうにいます。夜中すごくうるさいです。
夢と現実で二度怖い目にあうのは恐ろしいです (編者)複雑なドイツの小説でしたが、最後まで聞い てくれてありがとう!
大学生になり、最近暇になってきたので、「ロビ ンソン・クルーソー」を読みました。まだ、半分く らいしか読んでいないのですが、けっこうのめりこ めました。 (編者)海洋小説、どんどん読みましょう!
「夏の海ヨットの白さ照りはえる」 太陽の光を受けてキラキラと光る水面下で、ヨッ トの白さがいっそう目立っている様子を表現した。
もりつきで多くのベラを突いていく もり突きをしていたら、ベラがとても多くいて、 ついつい突いてしまう.
ある朝に紫陽花ひかりいい天気 紫陽花が雨が朝にやんで見てみると光っていると いうことで考えた。
輕舸迎上客 悠悠湖上來 當軒對樽酒 四面芙蓉開 王維 今日は最初にやった漢詩にしてみました。私が好 きな韓国ドラマ、屋根裏のプリンス?屋根部屋のプ リンス?どちらか忘れましたが、蓮という女の子と、 芙蓉という女の子が出てきて、まあどちらも前世と 現世で同じ人間なんですけど、このドラマで蓮と芙 蓉が同じ!!しかも綺麗ではかない!!って事を学 んだので、授業に出て来ておっ〜っとなったのでこ れにしてみました。教授も見てみてください。はま ると思います。 チマチョゴリはかわいいです。ちまちょごり〜 (編者)確かに、芙蓉には蓮の花の意味もあります ね。韓国ドラマがそれをふまえていたのはすごい! 目の下にマスクのような布を垂らし、独特の服を着 た(チマチョゴリ?)人のかわいいイラスト略。
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 梅雨が集まってできた最上川の流れが急激に速く なっている様子を表した素晴らしい句だと思う。
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 感想 雨がかなり降り、上流での水量が増え、早く流 れる最上川を表している。
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 梅雨(五月雨)が降り、その水が蓄積された最上 川の流れがはやまる様をあらわしているのではない でしょうか。 ほとんどの人が聞いたことのあるほど有名な詩。
”五月雨をあつめて早し最上川”(芭蕉) 五月雨によって水の量が上昇して、流れが急にな る最上川の様子が伝わってくる。
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) この時期の雨を最上川を背景に表現している。 普段とは違う流れが早い状況も”早し”で綺麗に表 現されている.
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 最近梅雨で雨が激しく よく流れの速い川を見ます。 洪水しないか心配です.
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 感想 今日の朝学校に来る途中に川を見ると普段はほ とんど流れのない川なのに今日はすごい激しく流 れていたので驚きました。
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 激しい五月雨が降り、水かさが増して流れが早く なっている様子がわかる。
「五月雨をあつめて早し最上川」(芭蕉)は川の流 れが早いようすが表されている。雨の降る量が多い のかなとも思う。
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 五月雨によって増水した早上川の流れが早くなる 様子だと思う。 (編者)「最上川」です。
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) なんというか、ヤバそう…。さらっと読めそう だけれど、意味を考えてみると結構すごい絵が想 像できる。調べたら芭蕉は雨で増水した川を川下 りしたとかしてないとか…(芭蕉つよい)
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 勢いが増した川の様子が想像できる
「五月雨をあつめて早し最上川」(芭蕉) からは、五月雨が降り続けて周囲が最上川のよう な川になってしまっている情景が思い浮かぶ。
〜五月雨をあつめて早し最上川〜(芭蕉) 雨をたくさん集めた最上川がいつもより水かさを 増している様子が思い浮かべられます。早しの部分 を読みとることができませんでした。
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 早く梅雨明けして欲しいと思う.
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 今朝、雨で川が増水しているのを見たので、その ような感じなのかな…と. あと、唯一知ってる歌だった.
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) 増水した川は危ないと思いました。
「べら釣の小舟がゆれて島ゆれて」(松本たかし) 最初は良くは分からなかったが、これがもし、漁 業であると考えれば、小舟がゆれるのは、魚がたく さん釣れているという考え方ができ、それを島に持 ち帰った時に、島が活気であふれるという考え方が できる。このように考えると、流通の流れをうまく 表しているなと感じられ、良いなと思いました。
「べら釣の小舟がゆれて島ゆれて」(松本たかし) という詩の「島ゆれて」という表現が変わっていて おもしろいなと思いました。
べら釣の〜 の感想 私は愛知出身であるため、ベラを食べる習慣がな い。なので、ベラを釣るという俳句は、新鮮だと感 じた。
今回の俳句で心に残ったものは、 「べら釣の小舟がゆれて島ゆれて」(松本たかし) というもので、この時期の潮の流れなどといった海 や天気の様子が感じられました。 ベラに旬はあるのだろうか…?
べら釣の小舟がゆれて島ゆれて(松本たかし) この句を読むと長崎でよく釣りをしてよくベラを 釣っていたのを思いだす。長崎ではベラのことをク サビという呼び方をし、私はよく煮つけにしてよく 食べた。非常に身がやわらかくおいしかったことを 今思い出す。
べら釣の小舟がゆれて島ゆれてを読んで… 私もべらを釣ることはよくあるが、対して引きの いい魚ではありません。 この詩では自分の乗っている小舟が揺れる程、大 きなべらがかかっていることを表している。
べら釣の小舟がゆれて島ゆれて (松本たかし) べらを釣るということがあまりないのですこし 珍しいと思った
べら釣の小舟がゆれて島ゆれて (松本たかし) 舟釣りをしたあとに陸に上がったらまだゆれてい るような感覚になる.あの何とも言えないむなしさ を思い出します。
ヨットの帆下ろし夕陽を片づける(太秦米良夫) ヨットの白い帆が太陽の光で輝いて、海を進む ヨットのイメージは強いが、あえて帆をたたんで夕 陽を受けて港にとまっている様子を描写していて、 ヨットの違った面もきれいだと感じた。
ヨットの帆下ろし夕陽を片づける(太秦米良夫) 夕陽を片づけるという事の意味が最初は分からな かったのですが、ヨットの帆は日の光に照らされて あたたかそうだと思ったことから、そのまま帆を夕 日に例えたのだろうと思いました。もしくは夕陽が 沈んで帆を下ろすことになるのを、あえて逆に表現 したのか、いろいろなとり方ができるおもしろい詩 だと思います。
ヨットの帆下ろし夕陽を片づける(太秦米良夫) 感想 夕方にヨットをしていて、帆を下ろすと帆に 映えていた夕陽も片づけることと、日が落ちていく 情景が想像できた.
ヨットの帆下ろし夕陽を片づける(太秦米良夫) 夕陽が海へ沈んでいく 情景を思い浮かべられる。
ヨットの帆下ろし夕陽を片づける(太秦米良夫) 夕陽が沈み始めたのを合図に沖にいたヨットが真っ 白い帆を下ろしだす映像が最初に浮かんだ。しかし 詞をよく読んでみると、水平線に沈み出した半円形 の夕陽に似た形をした帆を片付けている様子を詠ん だ詩のように思えてきた。
ヨットの帆おろし夕日を片付けるという俳句が印 象に残りました。
感想 「ヨットの帆下ろし夕陽を片づける」(太秦米良 夫)という俳句から、「ヨット」が季語になって いるということを初めて知り、とても驚きました。 また、日が暮れるまでに引き上げようとして、ヨッ トの片づけとともに夕暮れを迎える情景を、ヨッ トの帆を下ろすのと日がおちることとをかけてい るのだとわかり、技法の富んだ趣深い排句だなと 思いました。 (編者)「俳句」です。
ヨットの帆下ろし夕陽を片づける(太秦米良夫) 昼間日光をたくさん浴びたヨットを、太陽と見 立てていて、自分の趣味という道を照らしてくれ る存在になっているのかなぁと思った
<詩> さみだれや大河は音をたてずゆく(須藤常央) <感想> 梅雨の季節の雨はしとしと降るイメージがある。 なので降水量が少なく結果的に川の水量は変わら ない事をこの詩は詠っているように感じました。 大河というと豪快な音をたてて流れていくイメー ジがあるがこの場面では静かである事で梅雨の情 景が思い浮かびやすくしているのかなと思いまし た。 (編者)俳句の後の作者名が「芭蕉」となってました が、写し間違いです。正しい名前に変えました。
「さみだれや大河は音をたてずゆく」(須藤常央) 昔の梅雨はしとしとしてたのかなぁと思いました。 今では警報出たり電車止まったりしてるのに
「さみだれや大河は音をたてずゆく」(須藤常央) という句は他の句よりも情景が分かりやすいと思い ました。
紫陽花や甘えて鯉(こい)の裏返る(古舘曹人) 「紫陽花」ときくとすぐ「梅雨」が思い浮かぶ。 梅雨はじめじめしていて好きじゃないけれど、紫陽 花は雨でも気分を上げてくれるくらいきれいで大好 きな花です。
紫陽花や甘えて鯉の裏返る (古舘曹人) この句の鯉は恋とかかっているのかなと思いまし た。紫陽花の花言葉は、元気な女性や辛抱強い愛情 など良い意味もありますが、”移り気”や”浮気”とい う悪い意味もあります。裏返るという表現が、なん だか恋人への気持ちがどこか他の人へ移ってしまっ たように感じました。
鯉が泳いでいる池の近くに紫陽花が咲いていると いう情景が思い浮かんで、とても趣があって良いと 思いました。
港出てヨット淋(さび)しくなりにゆく (後藤比奈夫) 洋上で一人でいる淋しさきょむ感が出ていて良い と思った。
「港出てヨット淋しくなりにゆく」(後藤比奈夫) 広大な海にヨットが出て行く風景は淋しく感じる と私も思う。
港出てヨット淋しくなりにゆく(後藤比奈夫) 風だけを頼りにどこまでも進んでいくヨットの勇 ましさも感じます。
「白日傘こころ透くまで沖を見る」(井桁衣子)を 詠んで、日傘をさしてきれいだと沖を見ている女性 を想像してしまいとても寂しい歌であるなと思いま した。何か暗いことでもあったようなので忘れて欲 しいと思うばかりです。
白日傘こころ透くまで沖を見る (井桁衣子) 白い日傘が太陽を透過し、澄んだ海が沖まで見渡 せるような環境を形作っている。俳句全体から透明 感、透き通っているような様子を感じ本当にごみひ とつない綺麗な海であるのだと分かる
パラソルをさしてト書きのやうに行く(内田美沙) パラソルをさすおねえさんが想像できる。
五月雨をあつめて早し最上川 (芭蕉) これは自分も知っていた。最後に最上川をつけれ ば排句っぽくなることも知った。 べら釣の小舟がゆれて島ゆれて(松本たかし) とてもゆれていて船よいしそう。 (編者)「俳句」です。
さみだれや大河は音をたてずゆく(須藤常央) 五月雨と大河のイメージがとてもつきやすくいい と思う。 ヨットの帆下ろし夕陽を片づける(太秦米良夫) とても風囲気よいと思う。 (編者)「風囲気」は「雰囲気」?
夏のせみの鳴き声はとても風情があると思いまし た。
夏祭り金魚すくいの紙薄い 夏祭りなどで金魚すくいをよくするが、紙が薄く て全然とれないことが多いから
川虫に川がどよめき山女かな 山女が夏になると川虫に反応して水面がよく響め いているのを地元でよく見たから。
「金魚」というワードが好きなので一句 「光さし、鉢の中にも青き空」 あ、「金魚」入らなかったですね。
寝くたれの股(また)にはさまり夏布団 (矢島渚男) この句を読んで思ったことは、夏によくあること を書いていると思った。 エアコンをつけて布団をかぶって寝ていても朝に は布団が丸まって股の間にはさまっている様子が浮 かんだ。
寝くたれの股にはさまり夏布団 (矢島渚男) 夏の蒸しあつい夜には、布団を体にかぶせている と蒸してしまうので、朝おきるといつのまにか布団 は足のほうにおいやられていることがあります。こ れはたくさんの人が経験していることだと思うので、 自然の良さが分からない人でも共感できるいい詩だ と思います。
寝くたれの股にはさまり夏布団 (矢島渚男) 夏場は寝ていると暑苦しくて寝汗をかくし、気づ かない間に寝返りやらでかけていたタオルケットは どこかへ行ってしまいます。 そんな熱帯夜を想像させる句だと感じました。
寝くたれの股にはさまり夏布団 (矢島渚男) :夜も昼もあついから布団を股にはさんで寝ること に共感しました。
「寝くたれの股にはさまり夏布団」からは、 夏の暑さに耐えられず、寝ている間に布団を脱いで しまっている光景が思い浮かぶ。 (創作) 「夏祭り釣った金魚を飼育する」 夏祭りで釣った金魚を飼育することで、お祭りの 時の楽しかった思い出は思い出されるという光景。
寝くたれの股にはさまり夏布団 (矢島渚男) 夏の熱帯夜、寝苦しい暑さのため、ただでさえ薄 い夏布団でさえも知らぬまに足でどかされ、股には さまれてしまった。 夏に誰もが経験する出来事を客観的に詠んだ詩。
「寝くたれの股にはさまり夏布団」(矢島渚男)と いう俳句が頭に残った。最近、夜も暑く、とても寝 苦しいので、朝起きると布団がどこかへ行っている 事が多く、この俳句は自分の事のように感じた。
寝くたれの股にはさまり夏布団 (矢島渚男) 自分も起きた時、エアコンはつけてはいるものの 暑いので布団を股にはさんでたり、蹴とばしている のでなんか分かる〜と思ってこれにしました。 今まで高校等で触れた俳句って表現が難しかった り、いろいろな技法を用いているものが多かったで すが、この句のように分かりやすいものでも情景が 浮かび、共感できるものになって俳句ってすごいな あと思ひました。
寝くたれの股にはさまり夏布団 (矢島渚男) 下関の気温は関東にいたころよりもさらに蒸し暑 さが増しているが、夜にねるときにその蒸し暑さか ら布団をはねのけてしまうという今の時期にマッチ した詩だと思う
寝くたれの股にはさまり夏布団 (矢島渚男) 感想 とても情景がうかんできて同感をさそう一句だと 思いました。
死したるを棄(す)てて金魚をまた減らす (山口誓子) 季節の変わり目は温度管理が難しいので飼ってい る魚がよく死にます。今飼っている金魚は長生きし てほしいです。 (編者)一筆書みたいでリアルな金魚のイラスト略。
死したるを棄てて金魚をまた減らす(山口誓子) 夏祭りで金魚すくいをしてたくさんの魚魚をもっ て帰っても数日後には死んでまた違う場所の夏祭り に行き金魚を育てるのが小学校の時にやっていたの を思い出す。 (編者)「魚魚」は「金魚」?
死したるを棄てて金魚をまた減らす(山口誓子) … 自分は金魚を飼っていたことはありませんが、 小さい頃友人がよくこのようなことをしてい ました。
死したるを棄てて金魚をまた減らす(山口誓子) 家で飼ってた金魚を思い出しました。
「死したるを棄てて金魚をまた減らす」(山口誓子) という俳句からは夏祭りの金魚すくいですくってき た金魚が病気で死んでものさびしくなる様子を思い 浮かべました。
死したるを棄てて金魚をまた減らす(山口誓子) 金魚を昔夏祭りなどでよく家に持ち帰っていたが、 きちんとした方法で飼わないと死んでしまうため、 すぐに金魚が死んでしまっていたのを思い出す。水 無月により水がなく金魚が死んでしまった、という 風にも聞こえる。
死したるを棄てて金魚をまた減らす(山口誓子) 金魚が死ぬたびに棄ててその数を減らしていくこ とだと思う。
死したるを棄てて金魚をまた減らす(山口誓子) 金魚は、どこか線香花火に似た儚さがあると思 う。短命で一時の心を満たしてくれるような存在 で、少し悲しくなる。
死したるを棄てて金魚をまた減らす(山口誓子) 夏祭りによく金魚をつかまえたもので なつかしさを感じた。
「水無月やこゝに暑さも涼しさも」(松瀬青々)か ら6月の梅雨前の涼しさと梅雨が明けたあとの暑い 感じが出ている。
水無月やこゝに暑さも涼しさも (松瀬青々) 最近は暑い日が続いているので涼しい日もたまに は来てほしいです。
水無月やこゝに暑さも涼しさも (松瀬青々) 暑いがプールなどは涼しいからどちらもあるなと 思いました。
水無月やこゝに暑さも涼しさも (松瀬青々) この時期だ昼間は気温が上がり、暑く感じるが、 夜は意外と涼しかったりする二面性がおもしろいと 感じる詩である。 (編者)「この時期だ」は「この時期は」?
水無月やこゝに暑さも涼しさも (松瀬青々) 6月とは、春と夏の中間であり、雨の有無、天気 によっても夏を感じることもあればまだまだ過ごし やすい時期であると感じることもある.季節の変わ り目を1年間で最も感じることのできる時期だ.
噴水に真水のひかり海の町 (大串章) 噴水から出る真水のひかりを海の町という海水に 面した場所で表現していて綺麗だと思った.真水が 海水だとまた違った色の作品になりそうと感じた.
噴水に真水のひかり海の町 (大串章) 噴水の水に光が反射してキラキラしている海の町 の様子が思い浮かぶ。
噴水の俳句 噴水に真水のひかり海の町 (大串章) 海辺の町の噴水が、夏の太陽の光を浴 びてキラキラと輝いている情景が浮か んだ。
噴水に真水のひかり海の町 (大串章) 噴水ってキラキラ、とかきれいなイメージがあっ たから、また、真水と海って反対のものを句の中に 取り入れているから。
噴水に真水のひかり海の町 (大串章) 明るく、蒸し暑い夏の町に噴水から飛び出した真 水が太陽の光を反射し光り輝いている情景が浮かん だ。 とてもきれいでさっぱりとした感情になった。
水無月の魚に塩を効(き)かせけり (鈴木真砂女) 水無月の川の涼しさを感じました。
・水無月の魚に塩を効かせけり (鈴木真砂女) 食べ物が悪くならないように対策した詩なのか と感じた。
水無月の魚に塩を効かせけり (鈴木真砂女) ホッケ食べたい… (編者)網の上で焼かれ「やける〜」と喘いでいる目 が×の魚と、箸を前に置いた魚の開きの定食のイラス ト略。
水無月の魚に塩を効かせけり (鈴木真砂女) 暑いときはつい塩味を濃くしてしまうのがわかり ます 特にこの時季はキスの塩焼きが最高ですね。
水無月の魚に塩を効かせけり (鈴木真砂女) 8月前の魚を塩焼きにして食べたときの感動を 語っていると思う。 ちなみに僕の好物は鮎の塩焼きです。
噴水の止(や)む刻(とき)われにかへるとき (佐々木千代恵) 噴水をぼーっと見ていると、時間を忘れてしま うほど居心地のよいときが自分もたまにあるので、 この句の作者に共感した。
噴水の止む刻われにかへるとき(佐々木千代恵) たしかに、噴水がおわると急に現実に戻ってき た気がする.
噴水の止む刻われにかへるとき(佐々木千代恵) 感想 噴水を見ていると何も考えずにずっと噴水を見て いましたが、噴水が止まるとふと我に返った経験が 自分もあります。
噴水の止む刻われにかへるとき(佐々木千代恵) 噴水は1年中、動いているわけではなく暑い夏が 来ると動きます。また、噴水は夕方には止まります。 噴水は、夏の訪れや時間を私たちに教えてくれるの です。日々、あたり前に過ごして、見逃しているこ とに目を向けると気づきが得られることが多くある とこの詩から伝わってくるのです。まずは、噴水を 見かけたら噴水が止まるまでそこで過ごしてみるの もいいかもしれません。
大粒の 雨が肘(ひじ)打つ山女釣 (飯田龍太) というは一句が好きです。
「大粒の雨が肘打つ山女釣」(飯田龍太) この詞が書かれていた時には、まだ雨が多い梅雨 の時期であったのかなと考えられた。 また、雨の中であっても釣りをすることから、よ ほど釣りをすることが好きなのかなとも考えられる.
小学生の頃にヤマメのつかみ捕りをしたことがあ りまして、追っていたヤマメが岩のすきまに入って いったので手をつっ込んだら抜けなくなって焦った 記憶があります。
大粒の雨が肘打つ山女釣(飯田龍太)を読んで… 悪天候の中でも、ヤマメを釣ることを目的として、 一生懸命に川で釣りをしている釣人の情景が浮かん だ。 (編者)雨の中、川の流れに釣り糸を投げている、縁 の広い帽子をかぶった釣人のイラスト略。
感想 「きよお!と喚(わめ)いてこの汽車はゆく 新緑の夜中」(金子兜太)という俳句は、今 までのどの俳句よりもインパクトが強いと思 いました。何と言っても「きよお!」の部分 が目を引くポイントであり、この俳句全体に 疾走感を与えてくれる柱になっているのだと 思いました。また、こんなのアリなのかと驚 かされ、俳句の奥深さに触れることのできる 素晴らしい作品だなと思いました。
新緑という俳句では俳句なのにきよお!という言 葉が入っていて俳句はなんでもありなんだなと思っ た。
きよお!と喚いてこの汽車はゆく新緑の夜中とい う句の汽車の音を「きよお!」と表現しているとこ ろが面白いと思いました.
夏掛けのみづいろといふ自愛かな(野村登四郎) 夏ぶとんもかけるのすら暑くなってくる。 せめても色をすずしくすることにより少しでも気 をまぎらわせようとしているのだろうか.
「夏掛けのみづいろといふ自愛かな」(野村登四郎) という俳句が印象に残りました。「みづいろ」は夏 の風景に多く使われているので、作者がどのような 風景を思い浮かべて俳句を作ったのか気になりまし た
部屋ぬちへ小暑の風の蝶ふたたび(皆吉爽雨) ”小暑”でせうしよと読むのを初めて知りました。 夏の季語って、もともと多い印象があるけど、自分 の生活のまわりからも見つけられそうです。
「死したるを棄てて金魚をまた減らす」(山口誓子) という歌は、魚、動物を育てることが難しいことを 意図していると感じ、撲が夏祭りで金魚をとって育 てていたが死んでいき全部死んでしまったことを思 い出しました。今思えば、飼育を怠っているせいだ と思いました。 「寝くたれの股にはさまり夏布団」(矢島渚男)と いう歌を詠み、現在暑くなってきており、布団はい らない季節となってきて、体が寝ている間も暑いと 思われ、夏がきたという歌だと感じました。 (編者)3行目の「撲」は「僕」です。
水無月の名は格助詞「の」で本来は「水の月」つ まり水(雨)がいっぱい降る月という意味で「無」 は当て字。同様に神無月も神が(出雲に行って)い なくなる月ではなく、「神を祭る神の月」って意味 であったそうです。 (編者)ぎょっ、そうでしたか。訂正ありがとう!
夏を感じられる詩ばかりで夏休みいろいろな場所 に行くたくなった。
今日の詩から察するに、昔のこの時期はまだ涼し さが残っていたのだなと感じました。今は暑さしか ないと思います。
平成の最後の夏を楽しむぞ 今年は平成最後の夏なので、もっと楽しみたい。
飛魚でつくるだし汁あごだしだ こっちにきて初めてきいただしの名前が飛魚のだ しであごだしと言うものらしい。
夏っぽい俳句詠んでとSiriに言う ※結果 iPhoneで遊べや親のない雀 {iPhoneは秋の季語と主張していました.}
「頭からチューブいろいろ出でし夏」(荒井和昭) 頭からチューブが出てくるとはびっくりですね! 私は出ないです (編者)私もです。
頭からチューブいろいろ出でし夏(荒井和昭) 夏休みに入り、したいことの多さを表している排 句だと思った。私も、もうすこしで夏休みですが、 学習に部活にバイト両立させられるように気を抜く ことなく頑張っていきたい。 (編者)「俳句」です。
「頭からチューブいろいろ出でし夏」(荒井和昭) という歌を詠んで、入院している姿が想像できまし た。 せっかくの夏休みを無駄にしてしまった男が第一 に浮かんできたので、そのような事はない、夏休み を楽しく過ごしたいと思いました。
今回気になった句は 「頭からチューブいろいろ出でし夏」(荒井和昭) です。なぜ「チューブ」なのか、プールのホースを 表しているのか。はたまたサーフィンの用語である 「チューブ」を表しているのか 複数の意味でとれ るのが感性にひびきました。
頭からチューブいろいろ出でし夏(荒井和昭) 私はこの句を見たとき何を意味しているのかわか らなかったが想像してみるとこの作者は夏に事故に あうか病気により病院で頭にチューブを継がれてい る様子が思い浮かんだ.なので私は夏休みを迎える にあたり事故により病院でチューブに継がれなくて すむよう気をつけて生活したい。 (編者)私は生まれてから2回、自然気胸の手術後、 胸からチューブが出ていました。
頭からチューブいろいろ出でし夏(荒井和昭)と いう詩がどういみかよくわからなくて興味がわいた。 チューブが夏になると出るというのは汗か?
頭からチューブいろいろ出でし夏(荒井和昭) 看者の体調を崩す様がよく表れている詩だと思っ た。自分も搬送されないように気をつけたい。 (編者)「患者」です。
頭からチューブいろいろ出でし夏(荒井和昭) 熱中症患者が多く、天滴をうつ人が増えるのがう かがえる。 (編者)「点滴」です
頭からチューブいろいろ出でし夏(荒井和昭) (感想) ”チューブ”の意味がよく分からなかったが、汗 ととらえると分かりやすいと思った。
海中の魚と遊びし髪洗ふ (山上カヨ子) かみぬれるほど海に入って 魚をおいまわす姿を想像するとたのしそう!!
海中の魚と遊びし髪洗ふ (山上カヨ子) 夏に海中に潜り、魚たちと戯れる女性?(髪が長 くないと遊んだようにならないことから)が髪を海 で、なびかせた後にシャワーで髪を流すような情景 が、ありありと思い浮かぶ 塩水に浸かりベトベトとした髪についての思い出 など、海での数多くの思い出が蘇ってくるようであ る.
海中の魚と遊びし髪洗ふ (山上カヨ子) シュノーケリングで疲れて髪の毛を洗うという経 験は私にもあるのでこの詩には共感できた。
海中の魚と遊びし髪洗ふ (山上カヨ子) 個人的に海水浴は髪がごわごわして好きではない が、間近で魚を見ることができればそんなことは気 にならないのだと思う.
海中の魚と遊びし髪洗ふ (山上カヨ子) (編者)海中で泡の中、髪を揺らせて4尾の魚と遊ん でいる少女のイラスト略。少女のTシャツには目が ×印の魚が描かれている。
「海中の魚と遊びし髪洗ふ」(山上カヨ子)という 詩から、海に潜っているときに水中で髪がゆらゆら と揺れている状況が思い浮かび楽しい歌だと思いま した。
〜海中の魚と遊びし髪洗ふ(山上カヨ子)〜 海にもぐることで髪も洗っているというのが読み 取れます。髪だけでなく自己の心も浄化していって いるのかもしれません。
海中の魚と遊びし髪洗ふ (山上カヨ子) 海のつめたさを感じました。
海中の魚と遊びし髪洗ふ (山上カヨ子) 海中で髪を洗うと塩がたくさんついてめんどうな ことがおこる
飛魚の翔(か)けり翔けるや潮たのし (篠原鳳作) 飛魚が生き生きとはねているのが想像できてよい.
「飛魚の翔けり翔けるや潮たのし」(篠原鳳作) 自分は飛魚が海の上を跳ねながら飛んでいるよう になっているところを見たことがないため、実際に 見たら楽しいんだろうなと思われた。
飛魚の翔けり翔けるや潮たのし (篠原鳳作) とびうおが海面のうえをとんでいる姿が、この俳 句をよんで思いうかんだ。 海面をとんでいる姿を実際にみてみたいと思った。
「飛魚の〜潮たのし」の感想 島根県の堤防で、海面を飛ぶ飛魚を網ですくう場 面を思いだした。「翔ける」という言葉が、迫力あ る映像をうつす。
とびうおが泳いでる姿って実際に見たことないん ですよね。在学中に一度は見てみたいものです。
飛魚の翔けり翔けるや潮たのし (篠原鳳作) 飛魚のように海をとんでみたい とても涼しそう
飛魚の翔けり翔けるや潮たのし (篠原鳳作) このまえ船で飛魚が飛ぶところを見たが、何十m も飛んでいてすごいと思った。
飛魚の翔けり翔けるや潮たのし (篠原鳳作) 海水浴に行くとまれですが近くを飛魚が飛んでい てとてもきれいだなと感じたことを思い出しました。
飛魚の翔けり翔けるや潮たのし (篠原鳳作) 飛魚が潮の流れに何匹も元気よく海上をかけてい く様子を見て、夏まっさかりを想像するような俳句 である。
「驚愕(きょうがく)のまま氷漬(づ)け鬼虎魚 (おにおこぜ)」(福田貴志)という俳句から、締 められて口が半開きの状態で氷漬けされているオニ オコゼの表情がとても驚いているように見えるとい う状況が目に浮かびました。情景がリアルに伝わっ てくる素晴らしい俳句だと思いました。
驚愕のまま氷漬け鬼虎魚 (福田貴志) 鬼虎魚の顔の不細工さとユニークさをまるで何か に驚いたまま氷漬けにされ固まってしまったときの 顔として表現した面白い詩だと思いました。 鬼虎魚の不細工さに直接触れていないが、内容が 伝わるところにすごさを感じました。
驚愕のまま氷漬け鬼虎魚 (福田貴志) おにおこぜの顔をおもい出しました。
驚愕のまま氷漬け鬼虎魚 (福田貴志) 水大の裏海でたまに虎魚を見かけますね。
「驚愕のまま氷漬け鬼虎魚」(福田貴志)からは 鬼虎魚が餌を食べると海面へと引き上げられていき、 その事に対して驚きを隠せない鬼虎魚の気持ちが表 れている。 また、その釣り上げた鬼虎魚をすぐに氷漬けにし ている漁師の行動が思い浮かぶ。
虎魚(おこぜ)の俳句 驚愕のまま氷漬け鬼虎魚 (福田貴志) 虎魚が驚いたような表情をしたまま氷漬けにさ れて魚屋に並べられている様子を詠んだものであ ると感じた。
驚愕のまま氷漬け鬼虎魚 (福田貴志) 虎魚のあのギョロっとした目や牙の見える大きな 口がよく想像できます。きっと海から上げてすぐに 氷に漬けて、鮮度の良さがうかがえます。
驚愕のまま氷漬け鬼虎魚 (福田貴志) おこぜの表情の表現がおもしろいと思いました。
「驚愕のまま氷漬け鬼虎魚」(福田貴志)という俳 句が印象に残りました。氷漬けされた鬼虎魚の顔を 驚愕と表しているところが面白いなと思います。
夕風や酒の肴(さかな)のところてん (星野麥丘人) ところてんの夏の涼しいイメージと夕風があいまっ て夏の夜のすがすがしい晩しゃくのイメージが思い うかんだ。
夕風や酒の肴のところてん (星野麥丘人) 夏の夕方、のき先で夕風を感じながら ところて んをすすっている様子が涼しげで雰囲気があると 思った。
夕風や酒の肴のところてん(星野麥丘人)という 句の「肴」はなぜ「さかな」と呼ぶのかと思いまし た。
夕風や酒の肴のところてん (星野麥丘人) "ところてん”というのがさわやかな夏を感じさせ ます。
夕風や酒の肴のところてん (星野麥丘人) 最近は熱く夕風を感じることは少ないが前に夕風 を感じて良い気分になったことがある. 酒の肴にところてんという点が涼しさを感じる表 現としてあった。
水中の水のこゑごゑ泉湧く (廣田よしかね) どのような光景が思い浮かびきれいだと思う.
水中の水のこゑごゑ泉湧く (廣田よしかね) 涼しそうな泉が思い浮かびました。
「紺青(こんじょう)の蟹(かに)のさみしき泉か な」(阿波野青畝)という俳句で紺青の蟹は何を表 しているのだろうとおもった
紺青の蟹のさみしき泉かな (阿波野青畝) 夏になると脚の青い渡り蟹が日本へ渡ってきます。 おそらく筆者はこの蟹を見て夏が来たと感じたので しょう。 ここでの紺青の蟹はタイワンガザミと言われる蟹 を表していると思います。
「せつせつと眼まで濡らして髪洗ふ」(野澤節子) という詩はとても夏っぽいと思った。夏はとても汗 をかくので、よく、お風呂に入りたいと思う。
せつせつと眼まで濡らして髪洗ふ (野澤節子) という俳句より 「髪洗う」が季語であることを知った。
オーボエ奏者海藻のごとゆれて夏(堀口星眠) オーボエ奏者が海藻のようにゆれながら演奏して いる夏の様子だと思う。
オーボエ奏者海藻のごとゆれて夏(堀口星眠) 夏になりオーボエ奏者もふらふらになるくらい暑 いという描写をしている。
心太でところてんとかくのにおどろきました。 虎魚でおこぜとかくのもおどろきです。 知らない読みがたくさんあるなと実感しました。