水大歳時記(平成二十六年度)春 の 部
春、陽春
春がきて少し寒さがやわらいだ。
春がきた隣の家からやってきた
おだやかな風がそよそよ春がきた
春になり朝起きやすい良い気持ち
春のうた さえずる鳥と吹く風と
サラサラと春のいぶきが髪なぜる
新生活期待と不安の春がきた
春の声聞くと始まる新たな出合い 〜入学式の時の思いを思い出して書きました。 1年間よろしくお願いします。 (編者)こちらこそよろしくお願いします。
春来ればふるさと恋いし五島人 by 片山征治郎
春迎え気持ち変えたが春来ない
春になり寂しさこらえ独り立ち
春がきて恋にときめく***君
****は春になれば俺の嫁
春ですね桜とともに俺も咲く
春なのに開花予想がまだこない 地元では桜の開花が5月です
春なのか宮崎はもうあったかい
なんでかな春中旬なのにくもり空
春になり寮にも虫が現れた
春来れば体がしんどい端艇部 ・今全日に向けて練習をがんばっています。
枝木にて桜に穏れる春の歌 [しみ] (編者)桜に隠れながら枝木で歌っている鳥のイラス ト略。なお、「隠れる」です。
春過ぎゆ歌いし友と二夜明かす
春になり財布と腹がゆるい日々
春到来油断してると風邪ひいた。
春出会い四度巡って春別れ ←大学生活を表しています
立春、春立つ
春来たる去年の自分は今どこへ
春寒(しゆんかん、はるさむ)
まだ寒い暑いといいつつまだ寒い
四月
4月から新しい恋ができるかな
明日からやると言いつつ四月暮れ
弥生(やよひ)
弥生の夜(よ)1人で人生考える (編者)暗い空間で頬杖ついて考えている人のイラス ト略。
春暁(しゆんげう)
春の朝とてもねむくて休みたい
春の朝とても眠たく休みたい
春暁に白い息出る朝べっぷ (編者)白い息をはき出している人の顔のイラスト略。
春の朝ラジオ体操眠魔を穿つ 「眠魔」はひょっとして「睡魔」?
春の暮
ゆるやかに流れる刻は春の暮
春も暮れ一段落する新学期
(自作)春の暮見ると必ず胸打たれる
春の夜
春の月桜を飾る春の夜
春の夜虫の鳴く声きこえるよ
春の夜人肌恋しく一人泣き [前]
麗(うらら)か
うららかなひがしのみやこおもてなし
長閑(のどか)
いつまでも故郷に帰ればのどかなり
遠のどかうぐいす海藻酒初め
日永(ひなが)
日が永くなりゆく吉見の季節かな (友蔵心の一句)
水面に永き日照りつけまだまぶし(岩崎直哉) (編者)すみませんが名字の「サキ」の字はホーム ページで使えないので別の似た漢字にしました。
日は永くまだ明るいね西の空 (カツオ) (編者)冒頭に「川柳」とありますが、季語があると 考え、俳句としました。水平線に沈む夕日を見てい る人のイラスト略。
行く春
春すぎて夏の準備遠い春
夏近し、夏隣
春過ぎて日に日に近付く夏の気配
夏近し私の風船弾けそう
シャツ増えて夏が近いと感じとる
ランニング夏が近くて半そでだ
春の日、春日影
今日この頃春の日差しを感じるよ
春の日の暖かき日の木漏れ日や
春の日に海洋文学再履修 (大事な授業なので、2回履修します。) (編者)大事に思ってくれてありがとう!授業をや る甲斐があるというものです。
生き物が春の光で動きだす
春の日の暖かな日差し俺のよう
陽を思う寒の戻りし春の日に
風強し桜舞い散る春の日よ
春の日の桜舞い散る出会いの日
春の日に痴呆まじりの老人が のらりくらりとこの道を行く
春の日に青くこたえる山の木々
春の日に吉見に越して友人と 初めて行った表海見つけた生き物 タマシキゴカイ
インフルとのどかな春の日よく寝れる 先週インフルエンザで倒れていたので土日はゆっくり 寝ていました。
春の月
金色の海に輝やく春の月
春の月海を照らして輝々と (編者)「輝々」はひょっとして「煌煌(こうこ う)」?
春の月海の底の缶照らす
春風(はるかぜ、しゆんぷう)
窓を開け明日へ導く春の風
春の風旧友たちと過ぎて行く
春風という名の薫風いつ来るん
春風にさそわれ川でおひるねです
朝方の春風なびく古道かな
春疾風(はるはやて)、春嵐
雨が降り日々暖かくなる春の嵐
風光る
風光るキラキラなびく波しぶき
春雨(はるさめ)
春の雨コーラがいっぱい飲みたいな
霞(かすみ)
春がすみ湖は人に浮かぶすいれんか
花曇(はなぐもり)
桜散り明日はれてよ花曇
春が過ぎ虫が顔出す花曇
蜃気楼(しんきろう)
恋こがれ君への思ひ蜃気楼
春の山
竜王山雉が駆けてく春の山
暖かく春の山にも花が咲く
春の水
春の水こぼれる雨のきせつかな
ゆらゆらと水面ゆれたる春の水
春の水ほどけて流る清水かな
春の水やわらかな青いはねる魚(うお)
生命のうごめく波動春の水
春の川
アクラスでなまずをとった春の川 (編者)アクラス(水の生き物研究会)さん、これか らも水大らしい活躍をして下さい。
春の海、春の浜
春の海波間に咲くは桜かな
春風の吹き荒れたるや表海
美しい春のひざしや春の海
春の海のどかにゆれるブイの影
春の海魚が群れて泳いでる
春の海君と2人でダイビング
春の海波にこぼれた月明かり
春休み
春休みあと一ヶ月がんばろう。
春休み水大なんで少ないの
春休みいろんなことに挑戦だ
春休みああこいしいな春休み
入学、入学式
新入生元気いっぱい桜道
桜餅
桜餅口もおなかも花満開
春炬燵(はるごたつ)
春炬燵はいずり出難くこたつむり
汐干狩(しほひがり)
春の日に海風包む潮干狩り
風船
風船よどんどん高く舞い上がれ
風船を手放し空へ思いかけ
春風よ我の風船高く飛ばせ
風船を買ってと言った本当に
風船が割れてびっくり子供泣く
春眠、春の眠り
暖かい春の日差しに居眠りかな
あさ・ひる・ばん今日の私はねむりひめ
ぽかぽかぽか私はねむりにさそわれる
昼過ぎて眠気にさそわれ寝室へ
昭和の日
食べすぎでおなかをこわす昭和の日
春の鳥
巣作りに春鳥選ぶ換気扇
鶯(うぐいす)、春告鳥
うぐいすやさえずりひびくはれたあさ
ごんずい
ちょっとまてさわるなそれはごんずいや
鯛(たい)、桜鯛
海の中桜を咲かす桜鯛
(自作)釣り上げると綺麗に輝く桜鯛
春連れて不知火彩る桜鯛
桜鯛一攫千金五島人 (片山征治郎)
釣り人はえびをえさにし鯛を釣る (編者)授業で紹介した「海老で鯛を釣る」をネタに しましたね!
春の陽気早く食べたい桜鯛
鯛釣って気持ちはまさにめでたいな
鯛の背に黒光りする夢のあと
鰆(さわら)
晩ごはん今日は鰆がたべたいな (たける)
花烏賊(はないか)
春イカに恋に焦がれて講義でず (編者)「僕アオリイカ」と描かれたイカのイラスト 略。講義出ましょう!
潮まねき
夜になりあわび手にとり潮まねき (編者)水産物を二つ入れてますが、これはひょっと してエッチな句でしょうか?
磯巾着(いそぎんちゃく)
桃色で磯をいろどるいそぎんちゃく
くまのみ 月光に照らされ光る磯巾着
一面と咲くよイソギン海の花
蝶(てふ)
いつまでも蝶がひらりと舞っている
風なびき、流れにまかす蝶の翅
光あびキラキラ光る蝶の翅
くものすや ひらりとおちるちょうのはね
生煮えの取りし暴るる我(われ)の蝶
蜂(はち)
スズメバチ握り潰した夢の中
梅
梅こぼれ春の日差しにつつまれる
椿(つばき)
潔く椿の首が落ちる春
桜
桜咲き春の訪れ知らせるよ
春になり満開桜と写真とる
春来たと桜が告げる花の舞い (春)
夜桜がかすかにも見えぬ月光下 外灯の光が照らすのは虫
桜咲く讃岐の山や金比羅山 春休みに耕洋丸・天鷹丸の航海安全を祈って金比羅宮 に参拝しました。八月に一ヶ月の乗船なのでご利益 にあずかりたいです。
桜舞う舞いて美し春の華。
地元ではやっと桜がさきました
落花、散る桜
花吹雪どこか悲しくうつくしや
花びらのちりゆくさまははかなしげ
桜散り新生活に慣れる頃 親の偉大さありがたみ知る
桜散り鈍行列車で里がえり (増村拓也)
一ノ坂桜散りゆき蛍舞う ↑近所の川(山口市内)
風が舞い木の葉が踊る桜吹雪
花散って夏に向かって緑はえる
散る桜夢か現か君の影 今、伝えたし君への想い
桜散り海と重なる無限景 [しみ] (編者)強風の中、一本の樹木とそこから吹き飛ばさ れている花弁(?)のイラスト略。
チューリップ
蝶が舞いきれいにみえるチューリップ
蕗の薹(ふきのとう)
春が来て目芽き色付くふきのとう (編者)「目芽き」は「芽吹(めぶ)き」?
ふきのとう春の日の朝に顔を出す
授業
(編者)「一つ落ちて二つ落たる椿哉」(子規)にならって 一つ落ちて二つ落たる単位かな (友人談から)
新学期身体測定ああ怖い
あっまただ においでわかるすかしっぺい
さあ起きろ朝だ夜明けだ一限だ
ああ眠いこれから枕持参かな
文学のヲ〜講義はいつもためになる (編者)そう言ってもらえるとは教師冥利に尽きます!
嘘つきは絶対よくないやめましょう [武] (編者)確かに。エドガー・アラン・ポーの場合はう そを本当と宣言しているところが困りものです。
南極熊腹へってきた。
子供かよそんな落書きおれはしない [森]
学生生活
新学期五月病をフッとばせ
朝早く起きてはつかれる朝別課
はらへった魚が食べたい金がない (たける)
水大生心の広さは海のよう 春がきて早く彼女が欲しいんだな 落花生みたいな女と向き合いたい 春らしいファッションなんてわからない 四月はねラジオ体操期間だよ (滄溟寮) (編者)句の下に大きな「春」の字のイラスト略。
コーヒーを飲んで朝から頑張ろう
目が覚めて日差しなければまた眠る
ひとめぼれ片道通行かた思い
裏海で夜空に一瞬またたいた
山の中ごそごそ怖いなクマが出た
朝しんどいふとんが僕を欲してる
黒髪のおだんごヘアーにぐっとくる.
親により次男三男捨てられる
海の幸美味しいものはトゲがある
ゆうれいのにあう季節になりました
もう夜か… 西を見るとあかね空 (カツオ)
角島はやはりいつでもすばらしい
日が沈み山へと帰る烏かな
遠い過去ふと思い出し空仰ぐ
一瞬の欲におぼれるこっけいさ
(編者)「天よりもかがやくものは蝶の翅」(山口誓子)に倣って 金よりもかがやくものは人の愛
大戦で全てを失う日本だが 唯一無事な***先輩の別荘 天よりもかがやくものは電なのです
欲しい物山ほどあるけど金がない (カツオ)
物語
小説「オレ」 オレは水産大学校海洋生産管理学科2年の佐藤一 郎だ。オレは今だに自分を直接見たことがない。見 たところで自分のルックスに落ち込むだけだろう。 オレは根暗だとよく言われる。ネガティブな事しか 考えられない。おそらく自分は自分自身に自信が無 いのだと思う。これといった自慢できるものがない。 学歴、才能、ルックス、どれも中途半端だ。それは わかっている。今からでも改善できるのは学歴であ る。なので、勉強しようと思う。でも、意志が弱い ため続かない。どうしよかと考える。考えてばかり いる。考え続けて一年になる。あっという間に一年 が過ぎていた。一年を振り返っても何をしたか覚え ていない。このままでいいのだろうか。たぶん多く の人が同じように悩んでいると思う。おそらく、俗 に言う人生の成功者は、こんなことで悩まないのだ ろう。オレはオレだ、オレは他の誰でもない、誰か にかわってもらうこともできない、オレは一生オレ なのだ。だからオレでオレを変える必要がある。簡 単な事のようだがかなりムズい。オレはまた考え続 けるのだろうか。自分を変えるにはどうすればいい のか? (編者)主人公の名前を変更しました。
小説 ジャンルSF タイトル未定 イントロダクション 西暦二〇七〇年代 地球の人類は一つの大きな星 間大戦を経て、技術的革新により銀河系内に広く移 民を続けた。しかしその繁栄の影、未知の生命体と の接触、人類同士での思想の違いによる争いは少な からずあった。そんな時代の中ロックスターにあこ がれる一人の少年は自らの生きる時代に疑問を持っ ていた。 少年は何を体験するのか…。
霧の屋敷 私の住んでいる山中村にはあるいい伝えがある。 隣の村への山道には大きな屋敷があると。そこでは 夜な夜な妖怪たちが集まり、宴会をしていると。大 人は子供にこのことを教え、村の大人にとってはた だの子供へのしかりの道具に過ぎなかった。子供は おもしろがってこの屋敷を探しに行く。しかし見つ かるはずもない。いや、違う。見つけていても気が つかないのだ。だから、大人になればなる程、この いい伝えは迷信であると思ってしまう。それも間違 いではない。見えないのだから、それは村の人にとっ て真実なのだ。しかし私にとっては違う。彼らは彼 らの世界で生きており、いるけどいない、見えるけ ど見えない存在で、屋敷はいつもあるわけではない のだが、たしかに存在するのだ。 多分続きます。 (編者)傍点部は太字イタリックにしました。
霧の屋敷(2) 私はいつも独りだった。三歳の時に両親を亡くし て、親戚のいる山中村にあずけられた。しかし、私 は付になじめなかった。私自身社交的な性格ではな かったし、私のある奇怪な行動がさらに村のみんな を遠ざけた。私には時々他人の不幸が見えた。ちょっ としたケガから、人の死までいろいろなことが見え た。それを警告しようとして、それが実際に起こる のだから、村の人は私を気味悪がって近づいてこな くなった。あずけられていた親戚の人でさえ、言葉 をかわしてくれなかった。しかし親戚の人には感謝 している。私が生活できているのは彼らのおかげだ からだ。ただ、そのことも言えず、さらに避けられ るのはいささか寂しくもあった。 そんな生活に慣れてきた小学三年生の春に、クラ スの人が妖怪屋敷(子どもの間ではこう呼ばれてい た)のうわさを話しているのを聞いた。 「隣村に行く途中にあるみたいだけど、みんな見た ことがないって。」 「悪いことすると、妖怪に連れていかれるらしいよ。」 他にもこのようなうわさはあったが、これだけは 気になった。次の日、学校をさぼって探しにいった。 気がつくと夕方だった。なんだ、やっぱり嘘か、馬 鹿馬鹿しい。 「こんなとこで何しているんだい。」 突然声をかけられた。振り向くと、私よりちょっ と背の高い男の子が立っていた。 「屋敷を探しに来たの。でも無駄な時間を過ごした わ。」 いつぶりだろうか、他人と言葉をかわしたのは。 つづきます。 (編者)三行目の「付」(としか読めないのですが)は「村」の間違 い?
続きです 霧の屋敷(3) 私は話を続けた。 「あなたこそこんなところで何をしているのかしら。 ここにはただ森が広がっているだけじゃない。」 「そうだね。でも僕はそれを見に来たんだ。」 「あなたはここらへんの人ではないの?」 「いや、ここらへんに住んでいるよ。でもここに来 たのは初めてかな。」 「森なんてどこも同じじゃない。」 「森を見たのもここの空気を吸ったのも今日が初め てだよ。」 私は彼の言っていることがわからなかった。 「そういえば名前を聞いていなかったね。僕は鬼奴 良将(きぬら まさ)。君は?」 「私は結城真央。」 「下の名前で呼んでも?」 「かまわないわ。」 「じゃあ真央、君の住んでいる村のことを教えてく れよ。いろいろと知りたいんだ。」 「もう暗くなってしまうから、明日の昼ごろでいい かしら。もう帰らないと。」 「そうだね。暗くなったら帰れなくなりそうだ。じゃ あ明日!」 彼はそう言って走り去っていった。不思議な人だ。 彼はいったい何者なのだろうか。明日にでも聞いて みよう。そんなことを考えながら帰っていくとふと あることに気がついた。初対面の人には必ずといっ ていいほど、不幸が見えた。でも彼は違った。何も 見えなかった。そんなこともあるのかと私はすでに 慣れてしまっていた日常の一部としてこれを処理し た。しかしここから私の日常は変わっていくのだが、 当時の私は気づくはずもなかった。
エッセイ
温かくなってきてもふとんから出るのはなかなか 大変ですね
水大の入学式の日、桜は満開でした。その桜を目 にして「まだ咲いている。」と言う人、「もう咲い ている。」と言う人がいました。この都道府県ギャッ プは少し新鮮でした。たかが花かもしれませんが、 花ひとつでも話題が広がるのですね.
海洋文学をもっと知り、歴史を学びたいと思いま した。 (編者)ぼくも面白い授業になるよう頑張ります。
私はグロティウスの著した「戦争と平和の法」、 「自由海論」といった著書に興味があります。国際 法の父とされるグロティウスがどのように国際法を 作っていったのかといったことを知りたいと思いま す。尖閣諸島や南沙群島といった領有権の問題が生 じている現在だからこそ、もっと国際法が注目され るべきだと思っています。
春よ来い我の元にも春よ来い 桜花散り出来るは我の花道かな 海賊にも色々あるようなので気になりました。 海は広く世界は広い 世界で数多く、多彩な取り 入れ方で海を題材にした文学作品があるのだと知れ ました。 (編者)授業よく聴いててくれてありがとう。
眠かった。 ダッチマンあぁ恐ろしやダッチマン [森] (編者)貝殻、アンパンマン、ドラエモン、リンゴの 中からネコ? 釣船と海の中のイラスト略。
楽しかった うれしいな海洋文学楽しいな [加] (編者)「イモト」、バナナを持ったゴリラ?、カ ニ、魚、イカのイラスト略。授業楽しんでくれてあ りがとう。
かた思い落花とともに散っていく。(けんと) 春くれど1人さみしく散歩する アホー鳥=アルバトロス、信天翁 ホワイトモビールディク (編者)白鯨は「モビーディック」です。オタマジャ クシ、ドナルドとミッキー、白い鯨、魚、とさかの ある鳥と人の肩に乗るアホウドリのイラスト略。
レロー (編者)出した舌をくるくる巻いた鯛(?)、チンア ナゴ(?)、海藻のイラスト略。
(編者)文章なし。小さい魚を大きい魚が、その魚をもっと大きい 魚が、さらにその大きな魚をもっと大きな魚が食べている イラスト略。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 「ちる花」とは桜のことでしょうか。海に沈むと貝 になる表現から空気中の「花」から海中の「貝」へ と変化していくとても鮮やかな表現を表していると 思いました。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) (感想)ちる花という言葉で桜の花びらが思い浮か んだ。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 貝が花びらに見えるようになった.
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) ちった花びらが海に沈んで貝のように見えている 様子が頭に浮かびます。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 海中にある美しい貝が花びらのように見えること があり、共感できた。
春についての排句がいくつかあったが、私は松野 自得さんの作品が印象的だった。ちる花を貝と例え るところに優れた想像力を感じた。 (編者)「俳句」です。
地元が尾道なので千光寺の桜は奇麗だったな〜。 と思い出した。 (俳)ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得)
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 感想 恋愛の厳しさを伝えているような俳句だと思いま した。
「ちる花の海に沈んで貝となる」(松野自得) (感想)桜の花が散るさまは、とてもはかない。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 人生のはかなさを感じる。 作者が死を覚悟しつつ書いたというような感じだ と思う。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 生死の境目がよく分かります。 死んでもなお美しく存在する姿。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 桜が散っていき、その後は人目につかないところ にいってしまうというところにさびしさが感じられ ると思った。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 松野自得の排句を続んで思ったことは「ちる花」 が桜の花の事を指していて、その花が散ったときに 貝に見えることを指しているということを感じた. (編者)「俳句を読んで」です。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 海の中に沈んでいった花が動くことなく静かに貝 のようにたたずんでいる風景がおもむき深く感じた。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) この句がもらった紙の句の中でいちばん響きが良 いと思った。美しいと思う。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 感想 ちる花(桜)が桜貝に変わっていく様子が 想像できた.とても美しいと思った。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 花びらが散って海に沈んでいく様子が浮かぶ。貝 は海の中に咲く花のようだと感じた。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 散った花びらが海に沈んで貝になるなんて現実に はありえないことだから面白い。
ちる花の海に沈んで貝となる (松野自得) 実際に花が貝になることはないが花の美しさや形 と貝が一致し、それが海に沈んでいる光景はとても 趣がある句だと思った
「ちる花の海に沈んで貝となる」(松野自得) これを読んで私は桜貝の事をまっ先に思い出した。 海岸に流れついた桜貝の貝がらを見てこの貝は海 に沈んだ花の成り変わりではないかと考えたならな んとロマンチックなんだろうと思った。桜貝が桜な ら椿は赤いホタテでランはしんじゅ貝だろうか、な ど考えると楽しい。
”ちる花の海に沈んで貝となる”を読んで 春についての俳句の中で一番、春のあたたかさを感 じました。この俳句を読んでぼくは、南国の海を感 じました。
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(ふぶき) (渡辺恭子) 夢とは人であれば誰でも一度は見るもの. 夢を追いかけ始めた時は情熱にあふれ周りが見え なくなるくらい熱中するものでまた、その夢が終わ る瞬間も花が散るときと同じように盛大に散る。 花吹雪という表現はとても素晴らしいと思った。
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) 〜感想〜 私がこの排句を読んでまず想像したのが学校の 入学式と卒業式、会社などにおける年度制の始 まりなどでした。そして、それと同時に現在だ けでなく何世紀も前から桜は日本を彩ってきた のだと感じとても感動しました。 (編者)「俳句」です。
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) この句を読んだ時、入学式で桜の花弁が舞う様子 や卒業式で桜の花散が舞う様子を思い浮かべました。 新しいスタートの時も人生の区切りの時も同じよう に花弁は散っていて、終わりの次にはまた始まりが あるのだという新鮮な印象を受けました。 (編者)「花散」は「花弁」?
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) 夢の華やかさ、切なさと夢の感覚がすてきに感じ る.
「夢のはじめも夢のをはりも花吹雪」(渡辺恭子) 「花吹雪」と言えば、私は桜の花びらが思い浮かび ますが、夢というのははかないものということなの かなと思いました。 桜は一瞬で散るけれど、見る人の頭の中には長く 残り、夢もそれと同じような気がしました。
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) 夢は、花吹雪のように華やかで美しくその散る様 子は、もの静かでさびしい
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) 感想 [人の夢はいつも儚いと思います。]
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) ―。夢が始まるときも、終わる時も、花が多く咲い て自分を応援してくれている様子が描かれて いると思いました。
落花 → 桜 夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) 夢の始め=入学式。 夢のをはり=卒業式とすると、 入学する時と卒業する時はどちらも花吹雪に迎えら れていると言うことを伝えているのではと思った
落花 夢のはじめも夢のをはりも花吹雪だというこ とはいつも春の終わりなのかなと思った。 今の私にはあまり意味が分からないけれど、 深い意味があるのではないかなと思った。
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) 漫画やアニメなどの物語を想像させられた。 (編者)こけしのような人の形とその人に右上から流 れてくる花吹雪のイラスト略。
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) 桜の花といえば明るいイメージ。でも花の散ると きは儚いなぁっていう面も感じます。 この句の花吹雪ということばは花と雪という相反 した漢字が使われていますが、「はじめ」と「をは り」と並べられててなるほどと思いました。
「夢のはじめも夢のをはりも花吹雪」についての感 想 花が咲いて散るという短い期間を夢、つまり充実 した時間にたとえているのだと思います。また、人 生そのものも表現しているのではと思います。咲く も散るも美しいものだと言うことで、人生の中でも 生と死という正反対のことばをつなげているのでは ないかと思います。
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) 感想 桜が雪のように美しく散る情景を思い描くことが でき、個人的に好きでした。
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) どこか哀悠があり、聞くと落ち着く (編者)「哀悠」は「哀愁」?
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子) 感想 花吹雪で始まり花吹雪で終わりを向かえる。 実にすばらしい表現の仕方であると思った。 (編者)「迎える」です。
夢のはじめも夢のをはりも花吹雪(渡辺恭子)とい う俳句が心にひびきました。自分も夢に向かって頑 張ります.
私は渡辺恭子の作品にとても心動かされました。 夢のはじめも夢のをはりも花吹雪 私はまだしっかりとした夢がありません。けれども この大学に入ることを目標として、それを達成した ときにはまさにこのように花吹雪がまっているよう にとてもうれしく、誇らしげでありました。 また高校の卒業も同じようにとてもはれやかなもの でした。 私はこの作品から夢のはじめも終わりも楽しく明る いものだと感じました。一日も早く夢をみつけてしっ かりととりくんでいきたいと思いました。
舘岡さんの排句で「春はどこから」に共感しました。 (編者)「俳句」です。
「春はどこから水平線に島浮かび」ってのが読み方 が始めよくわからなかった。
春はどこから水平線に島浮かび (舘岡沙緻) ・春に毘沙ノ鼻や角島に行った時に水平線がきれい に見た時を思い出した。
春はどこから水平線に島浮かび (舘岡沙緻) 水平線がいいと思った。
感想 春はどこから水平線に島浮かび (舘岡沙緻) 春の空気のすんだ風景を思いうかべることがで きる
春はどこから水平線に島浮かび (舘岡沙緻) 春と水平と島を一つの短歌にするとこが舘岡さん らしいと思いました。 (編者)「短歌」ではなく「俳句」です。
春はどこから水平線に島浮かび (舘岡沙緻) 春らしさとけしきの良さが容易に思い浮かんで良 い
春はどこから水平線に島浮かび (舘岡沙緻) 水平線に島が浮かんだ⇒春が見えた になっているのかと思う もう少しで春が来る.見えるポイントまできたのが わかる.
春はどこから水平線に島浮かび (舘岡沙緻) 感想 春は新たな生活が始まるので不安なことが多くどう したらいいか分からない状態を示していると感じた。 不安で深く困っているようにもとらえることができ た。
春はどこから水平線に島浮かび (舘岡沙緻) (編者)海に浮かぶ、1本の木と人のいる島へと落ち ていく桜の花びらを空から見下ろしたイラスト略。
春 長い冬が明ける様子が、夜明けに島が水平線上に 浮かぶ姿を感じました。 今ではもう人工灯で夜でも島の形がはっきり見え ますが、朝日が島にかさなる時、唯一見えなくなる のは経験したことがあります。
春はどこから水平線に島浮かび (舘岡沙緻) (感想) 興味深い詩だなと思いました。
春暁やくらりと海月(くらげ)くつがへる (加藤楸邨) 私はクラゲ好きなのでくつがえっているクラゲを 見てみたいと思いました。 (編者)(ミズ?)クラゲのイラスト略。
春暁やくらりと海月くつがへる (加藤楸邨) <感想> 「海月くつがへる」が幻想的だと思いました。 あと、個人的に海月が好きです。
「春暁」 クラゲの動きに春暁の海のおだやかさを感じまし た。
春暁やくらりと海月くつがへる (加藤楸邨) クラゲを漢字で書くと「海月」ということを知っ た。難しいはいくが多いと思った。
「春暁」の句を読んで 暁の中海月がゆらーと泳いでいる様が想像できまし た
春暁やくらりと海月くつがへる (加藤楸邨) [感想]ふだんゆっくりと動いているようなクラゲで さえくるっとひっくり返るほど春暁は心地のよいも のだということを感じた。
春暁 海の中を漂う海月の神秘的な感じがして不思議な 気持ちになった。
春暁の中、海月がひっくり返っている様子と、空 の月が消えていく様子を同時に表現しているように 感じた。
一つ落ちて二つ落たる椿哉(かな) (子規) 〈感想〉 椿をちゃんと見たことはないのですが、春の花 なんだなあと思った。
正岡子規の句は情景が浮かびやすいと思った。
一つ落ちて二つ落たる椿哉 (子規) 春になり、時間が過ぎるにつれて、一つ、また一 つ落びらの落ちる椿の様子が読み取れた (編者)「落びら」は「花びら」?
一つ落ちて二つ落たる椿哉 (子規) 春を代表する花である椿が次々と散っていく様子 を想像することができ、生命のはかなさや春の終わ りを感じることができた。
一つ落ちて二つ落たる椿哉 (子規) ただ椿が一つ落ちて二つ落ちただけを詠んでいる 句だがその中に時間の経過や春の終わりを感じられ る。単純なことを詠んでいる句だが、その中に子規 の良さも感じられた。
一つ落ちて二つ落たる椿哉 (子規) 感想:明治時代の俳人正岡子規は結核で亡くなる までずっと自宅の病床で作品を書いていたと 「坂の上の雲」に載ってたのでもしかしたら、 この俳句は子規が病床から見える小さな庭を 見てよんだのかもしれないと思いました。
一つ落ちて二つ落たる椿哉 (子規) 正岡子規の歌であるが、恐らく子規は病床のうち から見える庭の椿を見ていたのだろうと思う。 だんだんと散っていく自らの命と椿の花の落ちる 様とを重ねてよんだのではないか、と思った。
椿落てきのふの雨をこぼしけり (蕪村) ↓ 春の情景が思い浮かばれ、すごく趣深いと思った。
椿落てきのふの雨をこぼしけり (蕪村) <感想> 椿が落ちて雨のしずくが飛び散る 様子が生き生きと伝わってきた。
<感想> 椿の蕪村の俳句が情景が浮かんだ。
椿落てきのふの雨をこぼしけり (蕪村) 排句はよくわかりません。 (編者)「俳句」です。まあ慣れましょう。
椿落てきのふの雨をこぼしけり (蕪村) (感想) この排出句を詠んだ時の情景が分かり、その情景 がとても春らしいから (編者)「俳句」です。
椿落てきのふの雨をこぼしけり(蕪村)の感想↓ 春ってあたたかいイメージありますね。 ですが「美くしいまま(咲いたまま)」花がおちる 椿のはかなさと雨のしずくを用いることで「春のさ みしさ」が出ていますね。あたたかいイメージのあ る春をさみしくも思わせるこの表現に感動した。 俳句が…降りてこない…。 春のぬくもりを…感じるような感じないような… (編者)他人に作曲してもらい、聴覚も完全には失っ ていなかった被爆作曲家を思わせるサングラスで ヒゲぼうぼうの中年男のイラスト略。
一片の恋しのばせて花いかだ (菊田琴秋) この前西田川で桜が散っているのを見てきれいだ ったから
一片の恋しのばせて花いかだ (菊田琴秋) 出合いの春を感じられとても面白く思った。
一片の恋しのばせて花いかだ (菊田琴秋 落花の情景とはかない恋をかけているところが美 しいと感じた
一片の恋しのばせて花いかだ (菊田琴秋) 「花いかだ」の部分が水に浮かぶいかだで水に浮か ぶ花びらを表現しているところがすばらしいなと思っ た。
一片の恋しのばせて花いかだ (菊田琴秋 いつの時代にも恋というのは、花びらが川をゆら ゆらと流れるように安定しないはかないものだと感 じた。
一片の恋しのばせて花いかだ (菊田琴秋 ・花びらが水の上に落ちる様子は目に浮かびました が”恋しのばせて”のところで作者が誰かに恋して いるのかな?と思いました。 先生の話すごくおもしろかったです! またよろしくお願いします (編者)クックック、どうもありがとう。当分はポー の引きつるような恐怖の話をします
永き日や目のつかれたる海の上 (太祇) 水産大学生が乗船実習で長期間船で過ごし疲れて しまったイメージがとれた。
永き日や目のつかれたる海の上 (太祇) ・長くなる日を太陽を目に例えて表現している所に 良さを考じた。長いまばたきだと思った。 (編者)「考じた」は「感じた」?
永き日や目のつかれたる海の上 (太祇) 私は海を眺めることが好きです。この俳句からは 海が好きな人が一日中海を眺めて気が付いた時には 日が落ちているような情景が思い浮かびました。
「永き日や目のつかれたる海の上」(太祇)の考察 日の長い昼に甲板に立っていると日の光とその反 射光で目が疲れたのだと思う
永き日や目のつかれたる海の上 (太祇) (感想)船の上での生活が鮮明に頭の中に浮かびま した。
日永 春は日が永く、船に乗っていると太陽の光が海面 に反射してまぶしいため、目を細め続けて結果、目 が疲れたという事が読みとれた。
・椿落てきのふの雨をこぼしけり (蕪村) それまでよく咲いていた椿が雨によって花を落 としてしまいはかない気持ちになった。 ・一つ落ちて二つ落たる椿哉(かな) (子規) 一つの花びらがおちてまたつづいて花びらが散っ ていくようすが美しいと思った。
椿落てきのふの雨をこぼしけり (蕪村) 一つ落ちて二つ落たる椿哉(かな) (子規) 南(みんなみ)の海湧き立てり椿山 (松本たかし) 俳句の中でも、椿の句に興味をもちました。蕪村 の句では椿の花が落ちるようすが目に浮かび、共感 を覚えました。しかし、子規の「一つ落て二つ落た る椿哉」と感動?していることは理解ができません でした。どういう意味なのでしょうか。 椿山は吉見にもあるらしく、見てみたいと思いま した。 ・前史についてのおはなしは、幽霊船の話など、面 白かったです。
・「春はどこから水平線に島浮かび」について 厚い雪雲におおわれていた冬が過ぎいつの間にか 春が訪れ水平線に島がはっきりと見えたときに作っ た作品かなと思った。 ・「春暁やくらりと海月くつがへる」について 『くらげ』にこの漢字を使うのは理由があると思 う。春暁になるにつれて海に写っていた月がくつが えり消えたという意味なのかなと思う。
どの俳句もしっかりと意味がとらえられなかった ので、まだ大人じゃないなと思った。 『春暁』という文字を見ると、「春眠、暁を覚え ず」の方が印象が強かった。
すべての俳句からさまざまな花が見えてくる
哀愁を感じます (編者)傍線の代わりにイタリックにしました。
仲春、仲夏、仲秋、仲冬は初耳でした。 (編者)「仲秋(中秋)の名月」という言葉を聞いた ことはありませんか?もしあったら、それです。
温かくて空も海も青い日に、室内で勉強なんて惜 しいと思う
面白い話でした 春を感じた
桜の花が道に落ちて変色していました。桜の木に は青葉がついていて、時の経過を感じました。春だ というのに下関は相変わらず風が強くて、朝と夜は 冷えこみます.三寒四温という言葉が思いうかびま したが、それよりも寒いような…。 晴れた日が続いてくれるといいなと思っています. ふとんを干したいです.
(本文なし。多分書きかけの少女のイラスト略。)
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 感想 四季の一つである春をとても美しく表現している。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) あたたかさを感じる.
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 春の陽気な天気に季節の訪れを感じた。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 感想 ↓ とても春の日ざしをひしひしと感じさせられる いい句だと思う。手をかざしで終わっている所 が自分は情景が思い浮かぶので好きだ。
”美しき春日こぼるる手をかざし”(中村汀女) この俳句は、一番春を感じました。 春を飛び越え初夏をも感じさせるようなあたたか くなる俳句でした。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 〈感想〉 春になり温かくなって晴れることも多くなって その太陽光に手をかざすと手の周りがオレンジ 色になる状景が思い浮かぶ。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 冬の暗い情景に目が慣れて、春の光がまぶしく感 じられ、思わず手をかざした、と自分は解釈しまし た。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 春日があたたかく感じました。また、その日は冬 と違っていくらか美しく思えます。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 太陽のこぼれ日がすきまからでる情景がうかびま した
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) (感想) 春に日の光によって新しい季節を感じている少年 の様子が目に浮かんできて素晴らしいと思いまし た。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 〈感想〉春の暖かく、おだやかな気候の晴れた日の ようすがよく伝わってくる。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 感想 春の夕日が綺麗でみとれているなと感じた。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) どういう感じかすぐに思い浮かべることができた から
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 春日に手をかざし指のすき間からこぼれる光がま ぶしいが、どこか気持ちのよさそうな光景が浮かぶ。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 最近きれいな春日や空を見ていないので久しぶり に見てみたくなった。
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) まぶしくかがやいている太陽を思いうかべること ができる
美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) 今日は春の俳句だったので、改めて春の訪れを実 感できた
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) この俳句を詠んでいると、山陰本線を連想しまし た。まさに この水産大学校に近い吉見駅や少し難 れた川棚の方を電車で通るときに見える景色そのも のではないでしょうか?
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) 吉見駅の風景が浮かんできました。
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) 吉見を感じさせるような作品だ
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) 吉見や山陰線を思わせるような気がする.
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) 吉見っぽくて良いと思った。
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) 海のどか という部分が田舎のイメージを思い浮 かばせ、電車など吉見を想像させた。
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) 〜吉見駅が思い出される。
私は正岡子規の作品に心動かされました。これは まさに吉見を思わせる作品だと思います.山口の端 にあり、海以外は何もない吉見。けれどもその海は おだやかで美しい.そのことを巧みに作品にしたよ うなものだと思います。
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) 偶然 昨日吉見駅から電車に乗ったのですが、そ の時の窓から見える景色を思い浮かべました。のど かな海を見ながら電車に乗っていると、気分が良く なります。まったりとした時間の流れを感じました。
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) 田舎ののどかさや駅の雰囲気が伝わってくる
「行き過ぎし短き駅や海のどか」(正岡子規) 魔女の宅急便みたいですね!!
「行き過ぎし短き駅や海のどか」(正岡子規) 旅行に行きたくなるような歌でした。
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) 〜感想〜田舎を旅行している様子が想像できる排句 で、読んでいてどこかなつかしい気持ちになりまし た。 (編者)「俳句」です。
長閑感想 作者が遠く田舎に来て短い無人駅と美しい海を見 てしみじみとした感傷にひたっている風なものを感 じました。 旅を愛する者として同感しました。
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) ―。行き過ぎても、そこには駅や海など、 自分の知ない場所に出逢える喜びがある。
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) (感想)のどかという言葉が好きでこの俳句を選ん だ。
行き過ぎし短き駅や海のどか (正岡子規) 一瞬でも春の温いイメージがある
春の海まつすぐ行けば見える筈(はず) (大牧広) (感想)吉見の海を思い出させる俳句だなあと思っ た。
春の海まつすぐ行けば見える筈 (大牧広) この前初めて裏海にいったときは風が強くて寒かっ た。もう少し春らしく暖かくなってからまた裏海を 見に行きたいと思った。
春の海まつすぐ行けば見える筈 (大牧広) (編者)緑の葉を茂らせた木々の間をまっすぐ海へ向 かう道と、その先の海に浮かぶ船の向こうに沈む夕 日のイラスト略。「夕方」。木の葉と太陽は色付き。
春の海まつすぐ行けば見える筈 (大牧広) 春になり、親元を離れているので、ふるさとが恋 しいのかなと思いました。まっすぐ行けば、自分の ふるさとが見える筈であるという意味だととってみ ると、さみしさと不安である今の私と重なり、とて も共感しました。
春の海まつすぐ行けば見える筈 (大牧広) 春の海は希望に満ち輝いているイメージなのでまっ すぐ自分の思う方向に行けばあるのかなぁと思った。 (編者)木々に囲まれた、点線のセンターラインのあ る道の向こうの右に船、左に太陽のイラスト略。 「朝」の文字。
春の海まつすぐ行けば見える筈 (大牧広) リズミカルな感じが良い。素晴らしい作品
・春の海まつすぐ行けば見える筈 (大牧広) (感想)たしかにずっとまっすぐ行けば海はいずれ 見えますね。
「春の海まつすぐ行けば見える筈」(大牧広) 春のうららかな海はいつもの海とはちがう どこかへ行けるのか な?
行とゞく春の日影や虫の穴 (蘭更) (感想) 風景が思い浮かびました。
行とゞく春の日影や虫の穴 (蘭更) 虫が出た跡やそこに光が入りこむ様子が春を思い 浮かばせる。
行とゞく春の日影や虫の穴 (蘭更) <感想> この詩を読むと、春が始まったんだなという感じ がします。春は、冬を越した生き物が出始める季節 です。 私はそんな春が大好きです。
行とゞく春の日影や虫の穴 (蘭更) <感想> 冬の暗い感じのする時期から、春になったことで 周囲がとても明るくなったという印象を受けた。
春の日(闌更) 虫の穴まで照らす春の暖かな日差しを感じるやさ しい詩だと思いました。
行とゞく春の日影や虫の穴 (蘭更) 光のこと 春の太陽の光に明るく照らされた部分は、明るく 見え、春の訪れを感じさせるのは当然である。それ とは対照的に「虫の穴」は暗いイメージがあるのだ が、それはこれから春を迎える虫たちのすみかであ り、逆に、巣立ちをした子供を思い浮かばせる。
排句 行とゞく春の日影や虫の穴 (蘭更) 感想 春の日差しが虫の穴まで届いている様子が思 われ、春らしい詩だと思います。 (編者)「俳句」です。
行とゞく春の日影や虫の穴 (蘭更) 冬が終わり、春のあたたかな日光が指していると いうことが、虫の穴にまで日光が指していると表現 されることで感じられると思う。 (編者)普通は「差している」か「射している」で すが、この書き方も面白いですね。
手を拍(う)って小鮒(ぶな)追ひ込む春の暮 (大串章) 音を出して鮒を追い込む感じが想象できた。 (編者)「想像」です。
手を拍って小鮒追ひ込む春の暮 (大串章) 春の夕暮れに川で小鮒を追い込み漁をしているす がたが目にうかびます.
手を拍って小鮒追ひ込む春の暮 (大串章) 感想・子供が川で遊んでいるおだやかな情景がうか びました。
手を拍って小鮒追ひ込む春の暮 (大串章) 季節の、特に春の時期を感じる綺麗な詩。
手を拍って小鮒追ひ込む春の暮 (大串章) 川で魚をとっている情景がうかんで涼しそう
(感想) 春の暮の大串章の俳句がのどかな情景がうかんだ。
手を拍って小鮒追ひ込む春の暮 (大串章) 春になって外に出て夕方近くまで遊んでいた小さ いころを思い出させてくれる作品。
風船を手放すここが空の岸 (上田五千石) 自分のことを岸に例え、空という海へ飛んでいっ たことを言っているのだなと思った.
風船を手放すここが空の岸 (上田五千石) 風船が季語とは思わなかった.空に形や境界がな いのに岸と表現するのはおもしろい
風船を手放すここが空の岸 (上田五千石) 空に岸があるという考え方(陸と空の境目)はま るで水平線のようだと思った
風船を手放すここが空の岸 (上田五千石) 空は高いように感じて本当は近くにある
風船を手放すここが空の岸 (上田五千石) この排句を読んでなぜかとても切ない気持ちにな りました。手放された風船は空の沖へと流れていく のでしょうか? (編者)「俳句」です。
風船を手放すここが空の岸 (上田五千石) (感想)キレイな俳句だなぁと単純に思いました。
風船を手放すここが空の岸 (上田五千石) 感想 巣立ちの悲しさ・嬉しさが詰まった俳句だと思い ました。
うららかにきのふはとほきむかしかな (久保田万太郎) 私の場合、春じゃなくとも昨日のことは思い出せ ませんが、特に春はのどかで時間がゆっくりしてい る気分になり、”昨日”は感覚的に遠い昔になるのか なと思いました。
うららかにきのふはとほきむかしかな (久保田万太郎) [感想 昨日のできごとなのに 昔のことにかんじるときは 時間の流れをしっかりとかんじ とれてちょっと楽しいです]
うららかに…の俳句 なぜ全部ひらがななのかと思った
うららかにきのふはとほきむかしかな (久保田万太郎) 春のうららかな時の流れに身を任せていると、昨 日のことでも遠い昔のことのように感じてしまう。 長いようで短い学生生活もあっという間に終わって しまうだろう。 時の流れはとても早い。 趣深いものである。
風船の弾(はじ)けそう夢弾けそう(倉田紘文) 風船のように夢が弾けてしまいそうな心情が、い かにも春らしいと感じた。
風船の弾けそう夢弾けそう (倉田紘文) 春は新しいことが色んな所でスタートする季節で あり、一人一人が夢を持っている華やかな季節です。 風船に空気が入るように夢という名の空気が風船を だんだんと大きくしていくという様子が浮かびまし た。
風船の弾けそう夢弾けそう (倉田紘文) 夢が弾けるという表現が新鮮で気に入りました。 また前に「風船の弾けそう」という部分があるこ とで、テンポのよい詩だと思いました。
風船の弾けそう夢弾けそう (倉田紘文) 風船が弾けるように夢も弾け、はかないものだと わかる俳句。
(排)遊び子のこゑの漣(さざなみ)はるのくれ (林翔) (感想)子供達が海で遊んでいる様子が思いうかび ました。春になったしそろそろ海開きする時期 です!楽しみです! (編者)(排)は(俳)?
遊び子のこゑの漣はるのくれ (林翔) 春の夕暮れに子供達が水面を手で打ちながら魚を 追い込んでいる情景が読み取れる
遊び子のこゑの漣はるのくれ (林翔) 子供の遊ぶ声と海のさざなみを重ねて表現してい て趣深い
◎遊び子のこゑの漣はるのくれ (林翔) 冬が過ぎて暖かくなってきて、子ども達が日が傾 くまで外で遊んでいる情景が浮かびました。
父母遙(はる)か我もはるかや春の海 (中村苑子) 今のような状況だと思った。
父母遙か我もはるかや春の海 (中村苑子) 父母が遠くの地にいるのか、亡くなっているのか は分からないが、少しもの悲しいと思った。
父母遙か我もはるかや春の海 (中村苑子) 韻を踏んでいるのが良いですね。 自分は兵庫から来たのでまさに共感できますね。 これをラップ調でよむとこの句のすごさがよく分り ます。 父母はるか我は晴子や小保方さん (編者)若い女性の顔のイラスト略
春の日 行とゞく春の日影や虫の穴 (蘭更) 美しき春日こぼるる手をかざし (中村汀女) (感想)普段のなに気ない風景を趣深く書いている。
まず、「風船」が春の季語であることに驚きまし た。感想ですが、一番景色がイメージしやすかった のは手を拍って小鮒追ひ込む春の暮、です 昔、川で石を投げこんで遊んだのを思い出しました。
春の光を表現した 「美しき春日こぼるる手をかざし」という句が好き だと思いました。かすかな光が入ってくるところが 浮かんできました。 「手を拍って小鮒追ひ込む春の暮」は、 小さいころに、日がくれるまで、虫とりしていたの を思い出しました
「手を拍って小鮒追ひ込む春の暮」について この詩を詠むと日本の昔の風景が頭の中に思い浮か びます。 「行き過ぎし短き駅や海のどか」について 海の近くの駅は都会の駅と違い、とてものどかな風 景が思い浮かびます。
美しい春の風ともに春の季節が感じられる俳句だ と感じました. (編者)「ともに」は「とともに」?
春と海という言葉が水産大に通いはじめた僕によ く合っていると思った。
風船が春の季語であることが分かった。
春の季語の中に、のどかがふくまれていることに 驚いた。
春は平和な季節だなと思った。 春の感じが伝わってきた。 春の海まだまだ冷たい春の海 [森]
もうすぐ5月になるというのにまだ寒さが残って いる気がします 気分は春なのになーと思いつつ3 週間がたってしまいました。道に咲いている小さな 花がとても春らしさを感じさせてくれました。
いろいろな海洋文学に親しんで夏休みに読書感想 文を書きたいです。 (編者)海洋文学、これからも色々紹介します。
一日生きることは、 一歩進むことでありたい。(湯川秀樹)
(編者)本文なし。魚をくわえて座っているネコのイラスト略。
(編者)本文なし。和服かガウンのようなものを着た2人の少女のイラスト略。
新春に気持ちを新たに5月病 生活もなじんできたところで、何となくだらけて しまっているような気もするここ最近です
ゆうなぎの水面に映るは春の月 ポーがウソつきとは知らなかった (編者)小説とはもともと虚構=うそです。
春の海魚がいっぱいとれますよ。 なかなかグロテスクな内容でした。でもおもしろ い。 (編者)今日紹介した『ピムの物語』の場面はちょっ とどぎつすぎたかなと反省しています。
風光るとほき海ほど紺(こん)色に(牧ひでを) 風は普通光らないがこのような言いまわしは洒落 てる。
(感想) 風光るの俳句の遠い海ほど紺色に見えるという情 景が浮かんだ。
〈排句〉風光るとほき海ほど紺色に (牧ひでを) (感想)情景が思えることができ、その情景がきれ いに思えるから。 (編者)「俳句」です。
風光るとほき海ほど紺色に (牧ひでを) (感想) 風光るというのは抽象的でおもしろいなと思いま した。海が紺色とどうなってしまうのかなと疑問に 感じました。 (編者)「紺色と」は「紺色だと」?
風光るとほき海ほど紺色に (牧ひでを) 広い海を見ると一色ではなく見方によって見え方 が違うという雄大さが感じられると思う。
風光るとほき海ほど紺色に (牧ひでを) 手前側は明るい色でも、水平線に近づくにつれて、 海の色が濃くなっていき、波で光が反射してきらき らと輝く風景が浮かびました。
風光るとほき海ほど紺色に (牧ひでを) 風がふき太陽に反射して光る海がいつまでもつづ く様子に心躍りました。
風光るとほき海ほど紺色に (牧ひでを) 月光にてらされて海が暗い中でも輝いている様子 を思いうかべる
風光るとほき海ほど紺色に (牧ひでを) とおい海ほど紺色になるのは、本当に共感できる。 近くの海ほどきれいに見えとおくなればとおくなる ほど、紺色に見える。
風光るとほき海ほど紺色に (牧ひでを) この詩のような情景が頭に浮かび、なんとなく心 が安らぐ詩だと思った。
風光るとほき海ほど紺色に (牧ひでを) 海の大きさを表現しているように感じられ、いい なと思いました。
風光るとほき海ほど紺色に (牧ひでを) (感想) 良い詩だなと思いました。
岩の間のいそぎんちやくの花二つ(田中王城) 昔、いそぎんちゃくを胸につけられて、ヒリヒリ した苦い思い出がよみがえってきた。いそぎんちゃ くは危険
磯巾着(いそぎんちゃく)と書くことを初めて知 り、また春の季語という事に驚きました。
”岩の間のいそぎんちやくの花二つ”(田中王城) を読んでの感想。 まず、第一に海を感じたことがよかったですね。 春では収まらずに夏の海を想像させるとても味わい 深い俳句でした。
岩の間のいそぎんちやくの花二つ(田中王城) いつも海の句を読むとキレイな吉見の海を思い浮 かべます。吉見に来てからいそぎんちゃくはまだ見 たことがありませんが、この句のようなキレイな光 景を見ることができる日が来るといいなと思います。
岩の間のいそぎんちやくの花二つ(田中王城) 春になるとたくさんの花があちこちに咲く。海の 中にも春が訪れたように岩の間に色彩やかないそぎ んちゃくが風に吹かれる花のように、ゆらゆらと波 にゆれながら、海全体を華やかにしている様子が浮 かぶ。 (編者)「色鮮やかな」です。
漢文の書き下しをがんばって覚えようと思います。 俳句の中のいそぎんちゃくの句がなんとなくですが 好きです。 (編者)覚えましょう!
岩の間のいそぎんちやくの花二つ(田中王城) 感想 いそぎんちゃくを花と例えたこの句の作者は感受 性が豊かだと思いました。 自然の風景の美しさをとらえた作品です。
岩の間のいそぎんちやくの花二つ(田中王城) 岩の間に触手を広げたいそぎんちゃくが二つある。
岩の間のいそぎんちやくの花二つ(田中王城) いそぎんちゃくの花はきれいな色をしていて、春 らしいと思う.
岩の間のいそぎんちやくの花二つ(田中王城) まるで花のような見た目のいそぎんちゃくが岩の 間にはりついている様がいかにも春らしい。
岩の間のいそぎんちやくの花二つ(田中王城) <感想> あまり目立たない場所でも花を咲かせることで春 の訪れを知らせているようで、かわいらしさを感 じた。
磯巾着 海の中の情景が思いうかんだ。
春潮といへば必ず門司思ふ (高浜虚子) 反対側ですね。 (編者)確かに。関門海峡をへだてて対岸です。
春潮といへば必ず門司思ふ (高浜虚子) やはり下関から近い場所が俳句に登場していたの でつい目がいってしまいました。
春潮といへば必ず門司思ふ (高浜虚子) 感想 自分が知っていて、自分が住んでいる所から近い 「門司」が詞に出ていておどろいた
「春潮といへば必ず門司思ふ」(高浜虚子) 門司には秋に一度行ったきりですが、とても天気が 良い日で、関門海狭を通って門司港駅まで歩くと海 がよく見えたので、今度は春に行きたいと思いまし た。 (編者)関門海「狭」ではなく「峡」です。
春潮といへば必ず門司思ふ (高浜虚子) 感想 門司は昔から船と密着に関わっているのだなぁと 思った。
春潮といへば必ず門司思ふ (高浜虚子) 自分は北九州出身なので、春に門司!!というの はすごく合っていると思います.この俳句には全面 的に賛成です!
「春潮といへば必ず門司思ふ」(高浜虚子) 季節と土地が結びつけられるのは有名な物の他に その人の思い出が深くかかわっていると思う。私に とっておぼんはコンクリートの焼けた大阪だし、冬 はそこびえする山口・宇部だ。さしずめ 「底冷えといえば必ず宇部思う」といったところか。
湖(うみ)澄むや水草に遊ぶたなご影 (松本美代) たなごが水草で戯れているくらいに水が澄んでい る情景が思いうかぶ。 (編者)句中の「たなご」は漢字ですが、文字化けす るので平仮名にしました。
「たなご」 水温が上がり活発に泳ぐタナゴから春が来たこと を表しているのだと思いました.
どの俳句も情影がすごくキレイに頭に浮かんでき て、いいなあと思いました。 特にたなごの句が好きでした。
湖澄むや水草に遊ぶたなご影 (松本美代) 湖が澄んでいるからたなごが楽しそうに遊べるの だと思います。水草も湖が澄んでキレイだからこそ 生き生きとしているのを想像しました。この詩は水 大前の海を連想され、魚たちのためにも海をキレイ にしていこうと思いました。
春になり水温があがると水草も青々とし魚もでて きますね。その美しさを伝えてくれている句だと思っ た。 (湖澄むや水草に遊ぶたなご影 松本美代) 脇腹に「アルバコア 2WD」と書かれた、尾が人間の 脚になって走っている魚のイラスト略。
(編者)「湖澄むや水草に遊ぶたなご影」(松本美代)を間違えて 湖澄むや水草に遊ぶたなご影 ごんずい 海は澄んでいるるがごんずいが水草で遊んでる姿 が面白い. (編者)「いるる」は「いる」?
よこたへて金ほのめくや桜鯛 (阿波野青畝) (感想) 桜色の鯛が頭に浮かんでとてもおいしそうだな と思いました。
「よこたへて…」の俳句 活きのよさそうな桜鯛だなと思った
きれいそうな鯛だと思った
・よこたへて金ほのめくや桜鯛 (阿波野青畝) この俳句からは、鯛は高級であるということがわ かる。また、桜鯛は輝いているイメージが沸いた。
よこたへて金ほのめくや桜鯛 (阿波野青畝) 桜鯛がうろこを金色に輝かせながらゆうがに泳い でいる様子が思い浮かんだ。 (編者)鱗が輝いて泳いでいる(鯛のような、それに しては尾が小さすぎる)魚のイラスト略
桜鯛 春に上がる桜鯛に光が反射して光っている情景が浮 かんできて良いと思った。
月の下ごんずゐは釣り捨てられて(大場白水郎) ごんずいは毒があり、釣り人の気持ちのわからな いではないが、死んでからも毒はあり続けているの で、ペンチで針をはずして海に戻してあげてほしい。 短歌に関しては、 自分の都合で食べもしない魚の命をうち捨てるのを 見た、歌をよんだ人のなんともいえないやるせない 気持ちが伝わってくるようだった。
ゴンズイがかわいそう
月の下ごんずゐは釣り捨てられて(大場白水郎) わざわざごんずいをチョイスしたのがすごいなと 思いました
ごんずいの感想 〜ごんずいを有効活用したいです。 ごんずいがかわいそうです。
月の下ごんずゐは釣り捨てられて(大場白水郎) よく釣りをするので、ごんずいがすてらているの がわかる (編者)「すてらて」は「すてられて」?
月の下ごんずゐは釣り捨てられて(大場白水郎) この歌は、釣り人から見るごんずいのみじめな姿 が描写されているように感じます。 月の下ということから時間帯は夜だと分かると、 ますます可哀想だなあと思います。
岩かどをよぢて波呼ぶ潮まねき(岩間喜久江) 波打ち際の岩にいる潮まねきが、はさみを動かし ている様子が波を呼んでいるように感じられる情景 が読み取れた
岩かどをよぢて波呼ぶ潮まねき(岩間喜久江) 潮まねきがはさみを振っているのが作者には波を 呼んでいるように見えたんだなぁと思った。 (編者)波の高い海のこちら側の砂浜に二つの岩があ り、それぞれのてっぺんではさみを振っているカニ のイラスト略。
潮まねきの俳句が一番心に残りました。潮まねき は海のことを想像してくれるような感じでよかった です.
オートバイ内股で締め春満月 (正木ゆう子) 内股…。
オートバイ内股で締め春満月 (正木ゆう子) <感想> 私もバイクに乗っているので分かります。春は寒 いので、よく内股になります。
「生海胆の身のとろとろと月夜かな」(飯田龍太) うにの身が浮かんで食べたくなった。
生海胆の身のとろとろと月夜かな(飯田龍太) (編者)紺色の海(?)の上に浮かぶ黒い棘と山吹色 の身を持つウニ、夜空の黄色い三日月のイラスト略。
「春の月噴水は水脱ぎにけり」(鳥居真里子) 私はこの作品に心動かされました 春の月による噴水のきれいさが目にあざやかに 浮かぶいい作品だと思いました。
春の月噴水は水脱ぎにけり (鳥居真里子) 「噴水が水を脱ぐところを春の月が照らしていると いうことなのか。何故か自然と桜が舞う公園が想像 できる。まずまず、水を脱ぐということはどういう ことなのであろうか。
海がきれいなんだと思いました。
門司がかっこいいらしい。下関はあまりかっこよ くない(?) たなご見てみたい。 磯巾着が花に見えるというのは同感です。 「桜鯛」という漢字が個人的にきれいで好きです。
「月の下ごんずゐは釣り捨てられて」について ごんずいという魚は毒を持っているため捨てられた のかと思う. 「岩の間のいそぎんちやくの花二つ」について イソギンチャクを花に見立てているのがすごいと思っ た.
もーすこしで夏です。GWはやく来い。
こんなに気温が低くなるなんて思ってなかった。
吉見の空はきれいです。
遅刻しそうな日に限って、よく信号にかかります。
たとえ読んでいる時だけだったとしても本当の話 のように信じさせるポーの文章力はすごいと思いま した。
シムズの同心球体理論がおもしろかった。
そういえば もうすぐ5月になるというのにまだ蝶を見かけてい ません.花の周りをふわふわとまうモンシロチョウ の姿はとてもかわいらしいので見とれてしまいます 晴れた日なら出会えるかもしれないので休日に公園 近くを歩こうかなと思います
暖かさそでの長さで感じとる。 周りの人の中にも半そでの人がでてきたり、自分 も中ぶそでの服を着てみたりして、季節が序々に夏 に近づいていることを感じています。 また無関係なことではあるのですが、総合創作同 好会の活動のひとつとしてサイリウムダンスという ものをして、寮の新歓を盛り上げたり、ユーチュー ブに動画をあげたりしています。 属に言う「ヲタ芸」とかなり似ている、というよ り同じものです。 もし時間があれば、ユーチューブにて「うっぽん ヲタ芸」というように検索すれば出ると思うので、 見ていただければと思います。 (編者)「序々」は「徐々」、「属に」は「俗に」で す。
春の風ぽかぽかしてていいきもち 今日はくもりだけど早くはれてくれないかなぁと 思います。
江戸川ランポの性格が友達に似ている。 うそをつきケラケラ笑うランポ君 [森] (編者)授業では、エドガー・アラン・ポーのうその 奇抜さを楽しんでもらえれば何よりです。
天よりもかがやくものは蝶の翅(はね)(山口誓子) <感想> 作者の蝶が好きな気持ちが伝わってきました。
「蝶」山口誓子 春の日ざしよりもあざやかな翅をした蝶から春の 色あざやかさを感じました。
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) 蝶の翅が太陽の光を反射して、キラキラ輝いてい る様子が浮かんできた。
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) この歌は蝶の花がどれだけキレイでどれだけ美し いものなのかを表現しているのかが、よくわかりま した。
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) 蝶の翅がいかに輝いているか想像するのが楽しい。 また、キレイなんだろうと思った。
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) 蝶の羽はそんなに美しいものとは思わない.さわ ると粉がついてきたない。
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) 蝶の翅はなによりも美しい。 (編者)渦巻き模様の翅を広げた蝶のイラスト略。
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) 晴空に舞っている蝶の翅の鮮やかさが想像できた。
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) <感想> 寒い冬を越すことができ、無事に成長できた蝶 の姿が想像できた。
「天よりもかがやくものは蝶の翅」(山口誓子) なんか春らしいなぁと思いました。だいぶ暑くなっ てきたので、春ですね!!
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) 吉見に来て蝶をあまり見ていない気がします。最 近天気があまり良くないです。それを俳句にします。 吉見の雨強風すぎて傘おれる
”天よりもかがやくものは蝶の翅”(山口誓子) を読んでの感想。 輝かしいものは、何も遠い場所にあるわけではな く、身近なところにあると言わんばかりの俳句で素 敵だと思いました。
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) 言葉がきれいで、とても美しい排句だと思う。蝶 の翅が輝いている様子が目にうかぶ (編者)「俳句」です。
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) 蝶の翅の美しさがよくわかった。
「天よりもかがやくものは蝶の翅」について 蝶の翅はさまざまな模様があって天よりも輝いて いるんだろなと思った。蝶が飛び始めると春をすご く感じる
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) 春から初夏にかけての自然豊かな風景が頭の中に よぎるような作品だと思った.
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) 春が来て、蝶がたくさん成長し、天よりも美しい のが伝わってきました。
天よりもかがやくものは蝶の翅 (山口誓子) →蝶の羽の美しさは天よりも美しく輝く。その羽 を広げて舞う姿は非常に趣があると思う。
なまぬるき春の炬燵に恋もなし (杉田久女) 春になってあたたかくなってきたのでこたつはも う用済みである様子がうかがえる.
なまぬるき春の炬燵に恋もなし (杉田久女) →春が近くに来ているのに自分の恋には、春は来 ない様子を表している。
なまぬるき春の炬燵に恋もなし (杉田久女) 感想 何事も上手く行かない時を感じる俳句だと思い ました。
(俳句)なまぬるき春の炬燵に恋もなし(杉田久女) (感想)まわりは春の季節にあわせて恋がめばえて いるが、自分は何もないなぁと共感した俳句 でした。
なまぬるき春の炬燵に恋もなし (杉田久女) こたつをかたずける様子を上手に表現していると 思った。
なまぬるき春の炬燵に恋もなし (杉田久女) 冬にお世話になったこたつが春になって必要のな いものになった。まるで未練を断ち切るように強い 表現で書かれた「恋もなし」という言葉に、作者の 悲しさを感じとれる。
なまぬるき春の炬燵に恋もなし (杉田久女) 春になり、あたたかくなってきた季節に、炬燵は もう必要とされていないという感じが伝わってくる。
なまぬるき春の炬燵に恋もなし (杉田久女) 片思いだったころがなつかしく感じた。
なまぬるき春の炬燵に恋もなし (杉田久女) (感想) 春になって温かくなって炬燵がいらなくなったこ とをうまく句表現されている。冬にはあんなに恋 しかったのに、まったく必要なくなるとじゃまにな る。
『なまぬるき春の炬燵に恋もなし』(杉田久女) 自分は「だいぶあったかくなったがまだ炬燵に入っ ていたい。恋もしたいが相手がいない…(T□T)」と いうように解釈しました。後半は自分も同なじです! ‥('o')‥ 恋がしたい!!(/_<。) (編者)残念ながら絵文字(?)が上手く写せませ ん。「同なじ」ではなく「同じ」です。
炬燵というものの魔力はとてつもないもので、主 に冬場は離れがたく、私の妹など学校から帰る→炬 燵→ご飯→炬燵→お風呂→炬燵→そのまま寝る→朝 起きて学校という生活を繰り返しており、彼女が冬 の間ふとんで無事に(?)寝ていた事はおそらくな いと思う。しかし今は春。炬燵の魔力もとけ、炬燵 ぶとんもとりはらわれている今彼女は一体どのよう な生活をしているのだろうかとふと思う。 普通の人間のように生きているのかそれとも炬燵 人間のままだろうか。どちらにせよ私の内では彼女 は炬燵に乗っとられた人間、という認識は全くぶれ る事はないのだが。 「なまぬるき春の炬燵に恋もなし」(杉田久女) (編者)ヤマイダレにカタカナの「マ」が使えないの で「魔」に代えました。
天麩羅にかぎる魚や花曇 (綾部仁喜) 天ぷらが食べたくなってきた。
”天麩羅(てんぷら)にかぎる魚や花曇”(綾部仁喜) ぼくはてんぷらでは、ピーマンが1番すきです。
天麩羅にかぎる魚や花曇 (綾部仁喜) 感想 春になって食欲も増し、春の味覚を思い浮べる様 が和やかでいいと思いました。
天ぷらの和歌について キスの天ぷらはおいしいですよね。
天麩羅にかぎる魚や花曇 (綾部仁喜) 魚や花曇が天ぷらになっていく様子をうまく表現 している。
天麩羅にかぎる魚や花曇 (綾部仁喜) うまそう。
天麩羅にかぎる魚や花曇 (綾部仁喜) 春といえばアジ、アジといえば天ぷらですよね。 今日のような花曇りは過ごしやすくひとりぐらしで も家事に精がでますよね。いい句ですね。
天麩羅って漢字でかくことに驚いた
天麩羅(てんぷら)が春の季語ということに驚き ました。 (編者)春の季語は「天ぷら」ではなく「花曇」で す。
(感想) 春水の魚紋ほどけて鯉(こい)となる(橋本鶏二) という俳句がふぜいがあって良い俳句だと思った。
春水の魚紋ほどけて鯉となる (橋本鶏二) 私の地元では町中のいたるところで鯉が泳いでい る。連休で帰ったら春の水の中の鯉をもう一度見て みようと思った。
春水の魚紋ほどけて鯉となる (橋本鶏二) おだやかな流れの吉見の川とそこにいる鯉を思い 出しました。
春水の魚紋ほどけて鯉となる (橋本鶏二) ・春の池にいる鯉が活発的に泳いでいて、波うつ水 面が消えてぼんやり鯉が見えてくる所に趣を感じる
春水の魚紋ほどけて鯉となる (橋本鶏二) 鯉が増える理由として魚紋を使っていて、面白い とおもった
春水の魚紋ほどけて鯉となる (橋本鶏二) 和風の様子が思い浮ぶ
春水の魚紋ほどけて鯉となる (橋本鶏二) とてもおもむきがある。
フラスコのかたちに在りぬ春の水(内田美紗) (感想) 色んな形があるというこが伝わってきた. (編者)「いうこ」は「いうこと」?
フラスコのかたちに在りぬ春の水(内田美紗) 〜感想〜 どんな形にもとらわれない自然の形というものが しみじみと伝わってきました。
フラスコのかたちに在りぬ春の水(内田美紗) カタカナ用語を用いていておもしろい.
フラスコのかたちに在りぬ春の水(内田美紗) カタカナを使っているのが印象的だったが意味が よく分からない。
フラスコのかたちに在りぬ春の水(内田美紗) 春の水という生命の力を感じるものはフラスコ という人間が作り出したものには表すことがで きないという意味だと思った。
フラスコのかたちに在りぬ春の水(内田美紗) (編者)青い斜線でかかれた水の入ったフラスコのイ ラスト略。
花曇り朧(おぼろ)につづく夕べかな (蕪村) 趣がある。
花曇り朧につづく夕べかな (蕪村) 趣があって良いと思った。
花曇り朧につづく夕べかな (蕪村) (感想)とても良い詩だなと思いました。
花曇り朧につづく夕べかな (蕪村) 感想 花曇りとは花の形の曇りなのかそれとも違った意味 なのかが疑問に残りました。また、朧とは太陽を示 しているのかなって思いました。
〈排句〉花曇り朧につづく夕べかな (蕪村) 〈感想〉 花曇りの感じがよく表されている詩だと思い ます。 (編者)「俳句」です。
蝶々の風を離れて吾(わ)が前に (高瀬竟二) 〈感想〉 蝶々がひらひらと飛んでいるようだと思った。
蝶々の風を離れて吾が前に (高瀬竟二) 蝶々の風を離れて吾が前に (高瀬竟二) 蝶が飛んでいる雰囲気が頭に浮かびました。野は らを飛んでいるイメージです。 (編者)緑の野原にピンクと赤の花、橙色の線で描か れた、羽を動かす蝶と黄色い太陽のイラスト略。
蝶々の風を離れて吾が前に (高瀬竟二) 蝶が風にゆられている風景を思い浮かべることが できた。
蝶々の風を離れて吾が前に (高瀬竟二) 心の底からブルブル震えた
蝶々の風を離れて吾が前に (高瀬竟二) 蝶ってよく自分の視界を邪魔しているかのよう に飛んでいる気がする
とまりたる蝶のくらりと風を受け(深見けん二) 風を羽に受けながら止まっている蝶の様子が思い 浮かんだ。
とまりたる蝶のくらりと風を受け(深見けん二) 何かに、止まって静止している蝶が、突然の風を 受けてくらりと揺れている情景を想像することがで きた
とまりたる蝶のくらりと風を受け(深見けん二) 〈感想〉蝶が何かにとまっていて風を受けてはねが なびいている様子が浮かんできます。
とまりたる蝶のくらりと風を受け(深見けん二) 花などにとまっている蝶が少し風が強いのか、風 を受けてくらりとしているのをあらわしているので はないかと思いました。
「とまりたる蝶のくらりと風を受け」(深見けん二) 下関は住んでいた八王子と比べられないぐらい強 い風がよくふきますが、蝶が風を受けて羽ごと傾く 姿を見ることがあります。 蝶は薄い羽でふらふら飛んでいますが、その割に とまっている蝶は強風に傾いても飛ばされたりはし ません。そんな姿を見ると、蝶はきれいなだけでは なく、強くも感じました。
春炬燵いつかはひとりとなるふたり(高橋邦夫) (編者)「炬燵」と描かれた、ミカンの載った炬燵に 入っている男女から赤い線が出ていて、炬燵の上 でハート状に結ばれているイラスト略。
春炬燵いつかはひとりとなるふたり(高橋邦夫) 生温かい炬燵から始まる二人の愛が読み取れた。
春炬燵いつかはひとりとなるふたり(高橋邦夫) 今は恋人や夫婦でこたつに入っているが、いつか は相手か自分がいなくなって1人きりになってしま うさみしさやもの悲しさが感じられた。
春炬燵いつかはひとりとなるふたり(高橋邦夫) 私の部屋にこたつはないが、いつか一人となるの なら、今の恋人をとても大切にしたいと思った。
春炬燵の句の、 ゆるりとした雰囲気がとても良いと思いました。
蝶はとてもきれいな物でそれがよくあらわれてい ると思った.
(感想) 式の俳句はしみじみと思むき深い。いつきいても 心がやわらぐ (編者)「趣(き)深い」です。